劇団デパートメントシアター・アレフ回顧展

Kaikoten 私の初舞台は大学時代。
北大の演劇サークルで、その名を「劇団アトリエ」といった。
歴史あるサークルだったが、その歴史は、私が代表者となって、途絶えた。
厳密にいえば、私の後にもう一人、代表となった者がいたはずだが、事実上、私が代表者として当然すべきことをまったくせずに潰したようなもんである。
OB・OGの皆さん、ごめんなさい。
その劇団アトリエを前身とする、劇団デパートメントシアター・アレフの回顧展が、紀伊國屋書店札幌本店で行われると、大先輩からご案内いただいた。
アレフ解散までの3つの公演に私も参加した。すばらしい思い出であり、誇りである。

日時:4月26日(土)~5月1日(木)
10:00~19:00(最終日18:00まで)
場所:2Fギャラリー

詳細はこちらで。

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めし

Mesi DVDで成瀬巳喜男監督作品「めし」(原作・林芙美子/監修・川端康成/脚色・井出俊郎 田中澄江)を観る。
木全公彦氏の解説によると、この未完の原作(原作者が心臓麻痺で急死のため)を、脚色の担当者は第一稿で、主人公である倦怠期の夫婦が別れる、という結末に仕上げたようなのだが、原作の連載元である朝日新聞から「離婚は困るという申し出があった。
製作会社の東宝でもやっぱりラストでは夫婦仲直りしなくちゃ興行価値がないという」(「『妻として女として』のシナリオ・ライターとして」、「シナリオ」1961年5月号所収)という経緯があり、今の形になったらしい。ものをつくるということは、多かれ少なかれそうした軋轢が常につきまとうものだ。
けれど、おそらくないものねだりで、やっぱり夫婦が「別れる」バージョンを観てみたかった、と私は思った。

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向うまかせ

作者が戯曲を書いている以上、作品の登場人物が、作者とまったく無関係というわけにはいかないものの、登場人物が作者の分身となって、作者の考えを代弁する芝居を見せられると、心底つまらないと私は感じる。
だいたい「創作」というものは、作者にとって、そんなに都合のいいもんじゃないだろうと思う。
泉鏡花はこう言った。
最初は、或る材料と事件がとが、ふとした導火線によつて連絡(つなが)れて、好い工合に調和したといふことが動機になつて書き初めても、途中でどうかすると意外な方面に向かつて進むことが有るのです。然し、私は書く時にこれといふ用意は有りませんが、茲に、一つの私の態度ともいふべきことは、筆を執つていよいよ書き初めてからは、一切向うまかせにするといふことです。

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商業演劇

べつに聞き耳たてていたわけではないのだが、劇場の客席で、たまたま若い客が「商業演劇」について話しているのが聞こえてきて、しかしその内容がどうもチグハグで、それゆえ、ますます耳を澄ましてしまった。
というのも、話題になっているのが、テント芝居なんだもの。
大辞林・第二版によれば、「商業演劇」とは、「営利を目的に興行される演劇」とのこと。
これじゃあ、なんだかわからない。チケットを売っている以上、多かれ少なかれ「営利を目的」としているともいえるし。
その若い客の理屈にしても、こうであるらしい。くだんのテント芝居は、安くはないチケットで多くの観客を動員しているのだから、それ相当のお金が動いているはずで、「商業」と呼ぶにふさわしい、と。
あながち間違いとも言いきれないが、しかし普通、商業演劇といったら、スターが主役を務める、東宝とか松竹とかの大資本による興行を指す。
もっともテント芝居がすべてアングラであるとは限らないし、それぞれのジャンルの厳密な定義を求められると困ってしまうのだけれど。

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