それだけは喜んであげたい

「元少年殺されれば遺族は幸せ」 青学准教授ブログに集中砲火(4月24日J-CASTニュース)

「山口県光市の母子殺害事件判決について、青山学院大学の准教授が自身のブログに、「判事はテレビに洗脳された妻から影響」「元少年が殺されれば遺族は幸せ」といった内容を書き込んでいたことが分かった。(中略)ブログを書いたのは、青学大国際政治経済学部の瀬尾佳美准教授(環境経済学など)。(中略)次のように書き込んだ。「差し戻した最高裁の判事の妻は、おそらく専業主婦で、TVばっかり見ていたため洗脳され、夫の仕事にも影響したのだろう(判事の判断は、思いのほか被告の外見とか、外野のヤジとかにかなり影響される、という実証研究がある)」(中略)
いずれにしても、元少年が殺されれば、報復が果せた遺族はさっぱり幸せな思いに浸るに違いない。自分の血を吸った蚊をパチンとたたき殺したときみたいにね。それだけは喜んであげたい
(中略)選挙権もない少年への死刑には原則反対だとして、死刑にする場合には、4人射殺の少年事件(1968年)をきっかけにした永山基準をラインにしてほしいとした。そして、「赤ん坊はちょっとしたことですぐ死んでしまう」として、光市事件で殺された母子のうち幼児を1人と数えず、「永山事件の死者は4人。対してこの事件は1.5人だ」と書き込んだ。(中略)「『死刑廃止論者の言うことはなにからなにまで欺瞞なのだ』みたいな思考停止は、先進国人というより中国人に近い」「夏の夜なんかに、日比谷公園で絞首刑の執行。そのぶら下がった屍骸の前で、稲川順二の怖い話ライブなんて結構いいかもしれない」(中略)「大阪府知事なんかエロノックだって務まったくらいですから誰でもかまいません。ま、人間の廃物利用ってところでちょうどいいじゃないですか」。(中略)そこでは、北朝鮮の拉致問題を取り上げ、拉致は2か国の問題だとして、他国を巻き込むことに疑問を呈した。そして、拉致被害者の家族に対しても、「違和感」があると打ち明けたのだ。
私は子供をなくした経験がありますが、『めぐみちゃん』はちゃんと育って、結婚までして、あまつさえ子供まで儲けています。私の目から見ると信じられないくらい幸福です。なのにその幸福に感謝もしないで、いつまでもいつまでも『めぐみっちゃん』とか不幸面してられるアンタが心底うらやましいよ、とTVを見るたびに思います
(中略)「こんな限りない日常が終わりになるなら是非拉致されたい」と明かした。(後略)


大学にロクでもないのが紛れ込んでいる事例は他にいくらも知っているけど、ここまでヒドイのにはなかなかお目にかかれないのではないか。
くだんのブログを読んでみたが、なんというか、いちいち呆れかえってしまって言葉がない。
この准教授が、何をどう考えようと知ったことではないが、なぜ被害者が、こいつにこんなことを言われねばならぬのか?
しかしまあ、「こんな限りない日常が終わりになるなら是非拉致されたい」って、ずいぶん他力本願なセンセイだこと。誰もとめやしない、勝手にどこでも好きなところへ行けばよかろう。
だが今回の騒動で、ある意味その願いは叶ったのではないか? とてもいままで通りの「日常」ではいられまい。
センセイふうにいえば、「それだけは喜んであげたい」。

※追記

「光市事件の死者は1.5人」 准教授の記述で青山大学長が謝罪(4月25日 産経新聞)

青山学院大学(伊藤定良学長、東京都渋谷区)は25日、同大学の教員が個人HP(ホームページ)に記した記述が不適切だったとして、学長名義での謝罪文を大学HPに掲載した。
問題となった記述は、国際政治経済学部の瀬尾佳美准教授(環境経済学)の個人HP内のもの。この中で「私は死刑廃止論者ではない」としつつも「少年に対する死刑には原則反対」と主張、山口県光市の母子殺害事件で殺人や強姦致死などの罪に問われた元会社員の被告(27)=犯行当時(18)=に死刑を科すのは重すぎるとして、「最低でも永山基準くらいをラインにしてほしいものだ。永山事件の死者は4人。対してこの事件は1.5人だ」「まったくの個人的意見だが赤ん坊はちょっとしたことですぐ死んでしまうので『傷害致死』の可能性は捨てきれないと思っている」などと持論を展開した。
さらに、被告弁護団に対する懲戒処分請求を呼びかけた現・大阪府知事の橋下徹弁護士について「大阪府知事なんかエロノックだって務まったくらいですから誰でもかまいません。ま、人間の廃物利用ってところでちょうどいいじゃないですか」と述べたり、差し戻した最高裁の判事の妻について「おそらく専業主婦で、TVばっかり見ていたため洗脳され、夫の仕事にも影響したのだろう」などと書き、ネット上で批判の声が上がっていた。
この騒動を受け、伊藤学長は「当該教員の記述は適切でなく、また関係者のみなさまに多大なご迷惑をおかけしたことはまことに遺憾であり、ここに深くお詫び申し上げます」と謝罪、「今後このようなことが繰り返されることのないよう努めてまいります」とする声明を大学HPに掲載した。」

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感謝している

「卒業式の国歌斉唱で起立しなかったことを理由に、退職後に嘱託教員として採用しなかったのは違法として、東京都立高校の元教師ら13人が、都に計約7300万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が7日、東京地裁であった。」というニュース(2008.2.8産経新聞)。「中西茂裁判長は、起立を命じた職務命令は合憲としたが、「不採用は都教委の裁量権の逸脱」として都に計2750万円の賠償を命じた。」とのこと。
「校内暴力」世代である私の卒業した公立中学は、今はどうだか知らないが、当時は県下有数の不良校で、通俗的なテレビドラマか若者向け歌謡曲の歌詞さながら、校庭を改造バイクが走り回り、しょっちゅう校舎の窓ガラスが割られた。イジメなど日常茶飯事、私はその対象にこそならなかったものの、同級生に屋上に呼び出され、金を巻き上げられたこともある。同級生の背後にはおっかない先輩がおり、先輩の背後には地元のヤクザがいたそうだ。
あの頃の学校の荒廃を、私は教師のせいにするつもりはない。そりゃあ、いく人かは、戦後のどさくさで教師になってそのまま居座り続けているとしか思えない、どうしょうもない教師もいたが、世間の理不尽さを教わったと思えば、今ならそうも思えるし、しかしたいがいは、とくに若い先生は生徒のためによくやってくれていた。
少なくとも、手前のくだらぬ思想信条のために、国旗・国歌騒ぎで卒業式をメチャクチャにして恥じぬ、独善的なバカ教師は一人もいなかった。そのことを今でも感謝している。

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