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同病相憐れむ

平壌の聖火リレー、拍手と歓声で終了…次はホーチミンへ(2008年4月28日 読売新聞)

「平壌発の新華社電によると、平壌で行われた北京五輪の聖火リレーは28日午後、最後の走者がゴール地点の金日成競技場前に到着し、終了した。
約3000人の市民や中国人留学生らが会場に集まり、両国の国旗を振りながら盛大な拍手と歓声で成功を祝ったという。終了後の祝賀式典には、北朝鮮の金英逸(キムヨンイル)首相も出席した。
聖火は同日夜、専用機で次の中継地、ベトナムのホーチミンに向けて出発した。」

平壌における「盛大な拍手と歓声」による歓迎ぶりは、中共の人権弾圧の深刻さを裏書きすることとなった。同病相憐れむとはよく言ったものだ。
日頃、「平和」だ「人権」だと、不必要なまでに騒ぎ立てるわりに、なぜかチベット問題に関してはダンマリを決め込む、日本の似非人権団体や似非平和団体、あるいは人権擁護法案推進派たちが望む「平和」とは、おそらくこういう表面的な「平穏」のことなのだろう。
であるならば、私はむしろ「混乱」の方をこそ望む。
ところで、「聖火」で世界中に恥をさらした胡錦涛が、5月6日に来日するそうだ。
これを「歓迎」する気持ちなど、私にはむろん微塵もない。しかしすべての災いがそうであるように、私個人がどう思おうが、来るものは来てしまう。ただ、少なくとも不快感を表明する自由のあることを、私はつくづく幸せに思う。
日本政府の対応如何では、日本もまた、世界に恥をさらすことになるだろう。

追記

<チベット>CCTVニュース番組で「反省の言葉を述べる拘留中のチベット人」―中国(2008年4月29日 Record China)

「2008年4月27日、国営中央テレビ(CCTV)夜7時のニュース番組「新聞聯播」で、先月14日のチベット騒乱で拘束された2人のチベット人が、自らの不法行為を反省し、悔い改める様子が放送された。新華ネットが伝えた。
「善悪の区別がつかず、国や社会に害を及ぼし、申し訳ございませんでした」―涙ながらにこう語るのは、19歳のチベット人女性、貢桑拉姆さん。騒乱への参加については「悪い人の命令で、強制参加させられた」と訴え、「80歳を超える祖父は旧チベット社会で大変な苦労をしたが、今は安定した暮らしが出来るようになった。兄も何不自由なく義務教育を受けることができた」と政府に対する感謝の気持ちを口にした
もう1人は24歳の男性、扎西多吉さん。「社会の安定や民族の団結、そして北京五輪に悪影響を及ぼし、心から反省しています」と謝罪。騒乱当日は「悪い人から脅されたため、参加せざるを得なかった」と訴えた。さらに、「今後は2度と悪い人に騙されず、政府の素晴らしい政策に感謝するよう、仲間にも訴えていきたい」と反省の弁を述べた。」


これまた北朝鮮のやり方に酷似している。
心底恐ろしい。
だが、日本人で、こんな中共の情報操作に引っかかるのは、よっぽどの左巻きか阿呆しかいないだろう。

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異様な光景

聖火護送リレー 「平和の祭典」からはほど遠い(2008年4月27日 読売新聞)

「何とか乗り切ることができた。北京五輪の聖火リレーは、長野市から次の会場の韓国・ソウルに引き継がれた。
大混乱となり、その映像が流れたら、中国国民が感情的に反応しかねない。その結果、現在の「反仏」運動に象徴される愛国ナショナリズムの矛先が、一転して日本に向かう可能性が指摘されていた。
リレーが中断することもなく、80人のランナーが約18・7キロのコースを走り終えたことに、長野市や警察の関係者は胸をなで下ろしていることだろう。
それにしても、異様な光景だった。平和と融和という五輪のイメージとは、ほど遠い。(後略)」


テレビで中継を見ていたけれど、ほんとに「異様な光景」だった。
沿道は中国の国旗で真っ赤。まるで日本が「制圧」されたみたいだ。
「異様さ」は、リレーの終わった後も続く。
報道番組に登場した大学教授こと中共の工作員が、テレビカメラの前で中国擁護を繰り返す。インタビューを受けたVTRの中国人留学生も同じ意見を口にする。これらは、まあ、中国という国の体制を思えば当然なのかもしれないが、極めつけは日本の外相だ。同番組内で、中国の人権弾圧に対する日本政府の立場を問われ、「しかしアジアでそんなことを言っているのは日本だけ」と、にやけながら(「余裕」を自己演出しているのだろうが)、なぜか中国の言い分を代弁する。
私はこれらのことを「恐い」と感じた。
もっぱら無意味だったといわれるこの聖火リレーだが、何か意義があったとすれば、その「恐さ」、「異様さ」を多くの日本人が実感できたことではないか。

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スワンサイダー

Swan_2スーパーで見つけ、そのレトロな瓶の形やラベルのデザインが、あんまり可愛かったんで、購入。
飲んでみた。味もよし。
ただ、飲み終えた後、空き瓶を捨てるのが忍びない。
POP広告もいい感じ。

友桝飲料Swanpop

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聖火

聖火、長野に到着  物々しい雰囲気の羽田(共同通信)

というわけで、ものものしい雰囲気の中、「聖火」が長野にやってきた。
各国での騒ぎは周知の通り。
「いったい何のための?」というメディアがあるが、そんなもの、中共の国威発揚のために決まっている。
実にバカバカしい。
バカバカしいというのは、そんな答えのわかりきった疑問を呈するメディアにいうのではないよ。それが反語であることくらいはわかる。
中共の国威発揚のために行われる聖火リレーが、わざわざ長野で行われることが、バカバカしいというのである。

基礎からわかる「北京五輪と政治」(読売新聞)

一部抜粋。
「過去には…繰り返されたボイコット
最初に聖火リレーが導入された1936年のベルリン大会は、ヒトラー率いるナチス・ドイツによる国威発揚のための大会として、歴史に刻まれている。
ナチスによるユダヤ人差別政策について、英国、米国などの非難が相次いだため、IOCは、すでに決まっていたベルリンでの開催について、34年の総会で再討議した。結局、IOCは「ベルリン開催は、ナチス統治以前のワイマール共和国体制下で決まった。その後、国の体制が変わっても、IOCは内政には干渉しない」という論理で、欧米でわき上がったボイコット論を封じ込めた。
続く、40年の東京大会、44年のロンドン大会は、戦争のあおりを受けて中止になった。東京大会は、「紀元2600年」に合わせて招致を企図したものだったが、すでに戦時体制に入っていた日本は、開催を「返上」せざるを得なかった。
68年のメキシコ大会では、南アフリカのアパルトヘイト(人種隔離政策)が批判の的となり、50を超える国々がボイコットを表明する事態になった。IOCが南アの参加を禁止したことで、ボイコットはなくなったが、その一方、開催地のメキシコ市で、大会直前に開催反対の学生らと軍隊が衝突、約200人が死傷する事件が起きた。
五輪期間中の大惨事として記憶される72年のミュンヘン大会では、パレスチナ・ゲリラがイスラエル選手団の選手村に侵入、11人が死亡した。
76年のモントリオール大会では、中台問題がクローズアップされた。開催国のカナダが台湾と断交して中国と国交を結んだため、台湾選手団が、隣国の米国まで来ながら、入国を拒否される事態になった。また、南アフリカ問題に絡んで、アフリカ諸国の多くの選手団が、開幕直前に引き揚げる事件に発展。以後、ボイコットという手法が、抗議の仕方として定着した。
80年のモスクワ大会は、ソ連のアフガニスタン侵攻により、日本を含む西側諸国の多数が不参加となった。続く84年のロサンゼルス大会は、その報復措置として、ソ連と東欧諸国がボイコット、「不完全五輪」が続いた。ソ連と米国という超大国での相次ぐ開催は政治色が強く、東西冷戦下におけるIOCの無力ぶりを浮き立たせた。
88年のソウル大会は、一時は、分断国家である韓国と北朝鮮による共同開催案まで議論された。しかし、大韓航空機爆破事件の発生により、共催案は吹き飛び、北朝鮮はボイコットに動いた。
政治の影を改めて感じさせたのが、2002年ソルトレーク冬季大会だ。開会式では、前年9月11日の米国同時テロで崩落した世界貿易センタービルの廃墟から回収された「グラウンド・ゼロ・フラッグ」が入場。米国の政治的プロパガンダぶりが、「五輪への政治の持ち込み」と指摘された。」

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それだけは喜んであげたい

「元少年殺されれば遺族は幸せ」 青学准教授ブログに集中砲火(4月24日J-CASTニュース)

「山口県光市の母子殺害事件判決について、青山学院大学の准教授が自身のブログに、「判事はテレビに洗脳された妻から影響」「元少年が殺されれば遺族は幸せ」といった内容を書き込んでいたことが分かった。(中略)ブログを書いたのは、青学大国際政治経済学部の瀬尾佳美准教授(環境経済学など)。(中略)次のように書き込んだ。「差し戻した最高裁の判事の妻は、おそらく専業主婦で、TVばっかり見ていたため洗脳され、夫の仕事にも影響したのだろう(判事の判断は、思いのほか被告の外見とか、外野のヤジとかにかなり影響される、という実証研究がある)」(中略)
いずれにしても、元少年が殺されれば、報復が果せた遺族はさっぱり幸せな思いに浸るに違いない。自分の血を吸った蚊をパチンとたたき殺したときみたいにね。それだけは喜んであげたい
(中略)選挙権もない少年への死刑には原則反対だとして、死刑にする場合には、4人射殺の少年事件(1968年)をきっかけにした永山基準をラインにしてほしいとした。そして、「赤ん坊はちょっとしたことですぐ死んでしまう」として、光市事件で殺された母子のうち幼児を1人と数えず、「永山事件の死者は4人。対してこの事件は1.5人だ」と書き込んだ。(中略)「『死刑廃止論者の言うことはなにからなにまで欺瞞なのだ』みたいな思考停止は、先進国人というより中国人に近い」「夏の夜なんかに、日比谷公園で絞首刑の執行。そのぶら下がった屍骸の前で、稲川順二の怖い話ライブなんて結構いいかもしれない」(中略)「大阪府知事なんかエロノックだって務まったくらいですから誰でもかまいません。ま、人間の廃物利用ってところでちょうどいいじゃないですか」。(中略)そこでは、北朝鮮の拉致問題を取り上げ、拉致は2か国の問題だとして、他国を巻き込むことに疑問を呈した。そして、拉致被害者の家族に対しても、「違和感」があると打ち明けたのだ。
私は子供をなくした経験がありますが、『めぐみちゃん』はちゃんと育って、結婚までして、あまつさえ子供まで儲けています。私の目から見ると信じられないくらい幸福です。なのにその幸福に感謝もしないで、いつまでもいつまでも『めぐみっちゃん』とか不幸面してられるアンタが心底うらやましいよ、とTVを見るたびに思います
(中略)「こんな限りない日常が終わりになるなら是非拉致されたい」と明かした。(後略)


大学にロクでもないのが紛れ込んでいる事例は他にいくらも知っているけど、ここまでヒドイのにはなかなかお目にかかれないのではないか。
くだんのブログを読んでみたが、なんというか、いちいち呆れかえってしまって言葉がない。
この准教授が、何をどう考えようと知ったことではないが、なぜ被害者が、こいつにこんなことを言われねばならぬのか?
しかしまあ、「こんな限りない日常が終わりになるなら是非拉致されたい」って、ずいぶん他力本願なセンセイだこと。誰もとめやしない、勝手にどこでも好きなところへ行けばよかろう。
だが今回の騒動で、ある意味その願いは叶ったのではないか? とてもいままで通りの「日常」ではいられまい。
センセイふうにいえば、「それだけは喜んであげたい」。

※追記

「光市事件の死者は1.5人」 准教授の記述で青山大学長が謝罪(4月25日 産経新聞)

青山学院大学(伊藤定良学長、東京都渋谷区)は25日、同大学の教員が個人HP(ホームページ)に記した記述が不適切だったとして、学長名義での謝罪文を大学HPに掲載した。
問題となった記述は、国際政治経済学部の瀬尾佳美准教授(環境経済学)の個人HP内のもの。この中で「私は死刑廃止論者ではない」としつつも「少年に対する死刑には原則反対」と主張、山口県光市の母子殺害事件で殺人や強姦致死などの罪に問われた元会社員の被告(27)=犯行当時(18)=に死刑を科すのは重すぎるとして、「最低でも永山基準くらいをラインにしてほしいものだ。永山事件の死者は4人。対してこの事件は1.5人だ」「まったくの個人的意見だが赤ん坊はちょっとしたことですぐ死んでしまうので『傷害致死』の可能性は捨てきれないと思っている」などと持論を展開した。
さらに、被告弁護団に対する懲戒処分請求を呼びかけた現・大阪府知事の橋下徹弁護士について「大阪府知事なんかエロノックだって務まったくらいですから誰でもかまいません。ま、人間の廃物利用ってところでちょうどいいじゃないですか」と述べたり、差し戻した最高裁の判事の妻について「おそらく専業主婦で、TVばっかり見ていたため洗脳され、夫の仕事にも影響したのだろう」などと書き、ネット上で批判の声が上がっていた。
この騒動を受け、伊藤学長は「当該教員の記述は適切でなく、また関係者のみなさまに多大なご迷惑をおかけしたことはまことに遺憾であり、ここに深くお詫び申し上げます」と謝罪、「今後このようなことが繰り返されることのないよう努めてまいります」とする声明を大学HPに掲載した。」

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誰のこと?

「人権擁護法案について考えましょう」
http://jp.youtube.com/watch?v=nBfst86x35Y

この番組、関東でも放送してほしいなあ。
リンク先の動画の中で、評論家の宮崎哲弥が「民間人だから」と名前を伏せた、「チベット問題は中国の内政」とのたまったという、人権擁護法案推進派の人物って、いったい誰のことなんだろう?

中国共産党対外連絡部長 自民党の野中元幹事長らと会談 

「中国共産党中央対外連絡部の王家瑞部長は17日、自民党の野中広務(のなか・ひろむ)元幹事長、江崎鉄磨(えさき・てつま)副幹事長と会談しました。

 この中で、王家瑞部長は「野中広務元幹事長は中国国民の古い友人であり、両国の友好を推進してきた」と評価した上で、「胡錦涛総書記が16日、自民党の伊吹文明(いぶき・ぶんめい)幹事長、公明党の北側一雄(きたがわ・かずお)幹事長と会談した際、両国関係の一層の前進を図るための重要な講話を行った。中国は日本との協力を強化するとともに、合意された事項の履行を期待している」と述べました。

 これに対し、野中元幹事長は「胡錦涛総書記をはじめ、中国政府の指導者は日本との関係発展を非常に重視している。チベット問題は中国の内政であり、われわれはこの問題を利用したオリンピック大会のボイコットと破壊に反対する」と述べました。」

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受け身

フジテレビの「報道2001」を見た。
番組のホームページによれば、「“受け身”ではないニュースの“発信”を目指す画期的な報道番組です。」とのことだが、今日の放送は、中国崔天凱大使を迎え、みごとに「受け身」以外のなんでもなかった。
しかしそれでも、中国大使の嘘つきぶりはじゅうぶん確認することができたし、女子アナの秋元優里はかわいいし、それなりに見た甲斐はあったか。
それにしても、この中国大使、すこぶるユーモアのある人らしく、すでにネット上で中共の自作自演であることが暴かれている、聖火リレー妨害の写真をわざわざ持ち出し、自己正当化してみせるというギャグで、視聴者の笑いをとっていた。

「受け身」じゃない動画のリンクを、下に張っておくので、ご覧あれ。

チベット問題を青山さんがズバッと解説
http://jp.youtube.com/watch?v=mCBoAEgWQnc
http://jp.youtube.com/watch?v=dN46I3YKVKY
http://jp.youtube.com/watch?v=rkeH1VG5pEs

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違憲判断

イラク空自判決 兵輸送は武力行使ではない(4月18日付・読売社説)

「イラクでの自衛隊の活動などに対する事実誤認や、法解釈の誤りがある。極めて問題の多い判決文である。
航空自衛隊がクウェートとイラクの間で実施中の空輸活動の一部について、名古屋高裁は、国際紛争解決の手段としての武力行使を禁じた憲法9条に違反するとの判断を示した。
市民団体メンバーらが空自のイラク派遣の違憲確認と差し止め、損害賠償を国に求めていた。
判決は、原告の請求をいずれも退けた。違憲確認の請求についても「利益を欠き、不適法」と判断している。それなのに、わざわざ傍論で「違憲」との見解を加える必要があったのだろうか。
国は、訴訟上は勝訴したため、上告できない原告側も上告しないため、この判決が確定する。こうした形の判例が残るのは、好ましいことではない。(後略)」

この「判断」を、ことさら画期的と評価する「市民団体」がいたって、べつに、いい。河原の石を後生大事に「宝物」にする子供はいる。それはただの石だよと、大人がわざわざ言ってやってもしょうがない。子供にはいろいろ思い入れもあるのだろうし。たいていの子供は育てば大人になる。むろん、育ってなお、思い入れの森の奥深くに歩を進め、二度と戻らぬ者もいる。それはもう、ほうっておくより仕方がない。ただ、その石をこちらに投げつけてきたら、とっつかまえてはり倒すけど。
むしろ問題はその大人である。
コトの本質をうやむやにしたまま、いったいいつまでこんな馬鹿げたことを繰り返しているつもりなんだろう?

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戻ってくる

Loudness日本が世界に誇るヘヴィメタルバンド、ラウドネス。
メタルブーム直撃の高校時代に買ったLP「THUNDER IN THE EAST」は、今まで何度聴いたかわかりゃしない。
そのラウドネスのドラマー・樋口宗孝が肝細胞癌のため活動停止。
数日前にこのニュースを目にし、びっくりしたし、最近、私のまわりでこの手の話が続いていたこともあり、すっかり気が滅入ってしまったのだが、他のメンバーのその後のブログを読むと、希望も感じられ、少しほっとしている。
必ず良くなって戻ってくると私も信じている。
4月22日、渋谷 CLUB QUATTRO でライブ。代役に、手数王こと菅沼孝三。

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善光寺

長野聖火リレー 善光寺が辞退、出発地を変更(朝日新聞2008年04月18日)

「26日の長野市の北京五輪聖火リレーの出発式会場が18日、善光寺境内から変更されることが決まった。(中略)ほかの宿坊の関係者も「世界に善光寺をアピールできるチャンスだった。抗議に負けないように開催できれば良かったが問題が起きると困る」と語っていた。(後略) 」

「辞退」は妥当な選択である。
中国共産党の機関誌・人民日報と提携関係にある朝日新聞の書くように、「世界に善光寺をアピールできるチャンスだった」という関係者の声が、ほんとうにあったのかどうかは知らないし、経験上、鵜呑みにはできないが、いずれにせよ、中共のチベットに対する拷問・虐殺・民族浄化に荷担する、恥ずべき宗教団体として世界に認知されたところで、この寺に何のトクもないことは確かだろう。

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劇団デパートメントシアター・アレフ回顧展

Kaikoten 私の初舞台は大学時代。
北大の演劇サークルで、その名を「劇団アトリエ」といった。
歴史あるサークルだったが、その歴史は、私が代表者となって、途絶えた。
厳密にいえば、私の後にもう一人、代表となった者がいたはずだが、事実上、私が代表者として当然すべきことをまったくせずに潰したようなもんである。
OB・OGの皆さん、ごめんなさい。
その劇団アトリエを前身とする、劇団デパートメントシアター・アレフの回顧展が、紀伊國屋書店札幌本店で行われると、大先輩からご案内いただいた。
アレフ解散までの3つの公演に私も参加した。すばらしい思い出であり、誇りである。

日時:4月26日(土)~5月1日(木)
10:00~19:00(最終日18:00まで)
場所:2Fギャラリー

詳細はこちらで。

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自由の敵

【正論】文化庁の映画助成 衆議院議員、弁護士・稲田朋美 2008.4.9

■助成の妥当性だけを問うた

 表現・言論の自由が保障されたわが国において、たとえ政治的、宗教的な宣伝意図のある映画を製作しようと公開しようと自由である。今回、映画『靖国 YASUKUNI』(李纓監督)の一部映画館での上映中止をめぐって私が批判の矢面に立たされている。私たちが問題にしたのは、この映画自体ではない。そこに文化庁所管の日本芸術文化振興会が750万円の公的助成をしたこと、その一点についてである。

 発端は一部週刊誌が「反日映画『靖国』は日本の助成金750万円で作られた」と報じたことだった。試写会を見た複数の友人からは、この映画に弁護士時代の私が映っているとも伝えられた。もちろん私は、この映画で観客の目にさらされることを同意したことはなかった。

 そこで2月に、私もメンバーである自民党若手議員の「伝統と創造の会」(「伝創会」)で助成金支出の妥当性を検討することになり、文化庁に上映を希望した。当初、文化庁から映画フィルムを借りて上映するとして、日時場所も決めたが、その後製作会社が貸し出しを拒否する。そして文化庁協力と書かれた国会議員向け試写会(主催者不明)の案内が配布され、伝創会の上映会は中止に追い込まれた。

 朝日新聞が報じたような「(私が)事前の(公開前)試写を求めた」という事実は断じてない。助成金を問題にする前提として対象となる映画を見たいと思うのは当然であり、映画の「公開」について問題にする意思は全くなかったし、今もない。「事前の試写を求めた」という曲(わいきょく)について朝日に訂正を求めているが、いまだ訂正はない

 ≪「日本映画」ではない≫

 結論からいって同振興会が助成金を出したのは妥当ではない。助成の要件である(1)日本映画であること(2)政治的、宗教的宣伝意図がないこと-を満たしていないからだ。

 まず、この映画は日本映画とはいえない。振興会の助成要項によれば「日本映画とは、日本国民、日本に永住を許可された者又は日本の法令により設立された法人により製作された映画をいう。ただし、外国の製作者との共同製作の映画については振興会が著作権の帰属等について総合的に検討して、日本映画と認めたもの」としている。

 映画「靖国」の製作会社は日本法により設立されてはいる。しかし取締役はすべて中国人である。平成5年、中国中央テレビの日本での総代理として設立されたというが、映画の共同製作者は2つの中国法人(団体)であり、製作総指揮者、監督、プロデューサーはすべて中国人である。

 さらに靖国神社をテーマにしていること自体、政治性が強い。小泉元総理の靖国参拝をめぐっては国内外で議論があり、特に日中間で政治問題化した。しかも、この映画のメーンキャストは小泉元総理と靖国神社を訴えていた裁判の原告たちである。

 ≪歪曲された私の意図≫

 私も弁護士の立場から靖国神社の応援団として裁判にかかわったが、原告らは一貫して「靖国神社は、死ねば神になると国民をだまして侵略戦争に赴かせ、天皇のために死ぬ国民をつくるための装置であった」と主張していた。映画からは同様のメッセージが強く感じられる。

 映画の最後で、いわゆる南京大虐殺にまつわるとされる真偽不明の写真が多数映し出され、その合間に靖国神社に参拝される若かりし日の昭和天皇のお姿や当時の国民の様子などを織り交ぜ、巧みにそのメッセージを伝えている。

 私は、大虐殺の象徴とされる百人斬り競争で戦犯として処刑された少尉の遺族が、百人斬りは創作であり虚偽であることを理由に提起した裁判の代理人もつとめた。遺族らに対する人格権侵害は認められなかったが、判決理由の中で「百人斬りの記事の内容を信用することができず…甚だ疑わしい」とされた。ところが映画では百人斬りの新聞記事を紹介し、「靖国刀」をクローズアップし、日本軍人が日本刀で残虐行為をしたとのメッセージを伝えている。

 これらを総合的に判断すると、「靖国」が「日本映画」であり「政治的宣伝意図がない」とし、助成金を支出したことに妥当性はない

 私は弁護士出身の政治家として、民主政治の根幹である表現の自由を誰よりも大切に考えている。だからこそ人権擁護法案にも反対の論陣を張っている。表現や言論の自由が最大限尊重されなければならないのは民主政治の過程に奉仕するからであり、表現の自由の名のもとに政治家の言論を封殺しようとすることは背理である。(いなだ ともみ)

私はこの映画を見ていない。なので内容は知らないし、さして興味もない。(どっかのワイドショウでは、ナレーションがないということを根拠に、「中立」をいう馬鹿なコメンテーターもいたが、そこまで馬鹿だと反論する気も起きない)
しかし、この「問題」を扱うメディアのありようには、ひどく違和感を覚えた。助成金の妥当性を国会議員が検証する行為を、言論弾圧と言い換える。
とくに、テレビ朝日のサンデープロジェクトだったか、田原総一郎が司会をしている日曜朝の番組だが、その報道姿勢は、ひどいものだった。この年老いた司会者(なのか?)個人についても、言いたいことは山ほどあるが、よしておく。名誉毀損になりそうだから。
朝日新聞は、かつて自民党の安倍、中川両氏による、いわゆるNHKに対する「圧力問題」で、ヤリニゲしたままである(それで済まされている現状というのが、またすごい)が、あれからまったく進歩がない。私は自身が自由でありたいと、アタリマエのことを思う人間の一人だが、それゆえ、「自由」の名の下に平然と言論テロを行い、開き直るメディアを、自由の敵と見なす。このように「事実」が「つくられる」ことに恐ろしさを感じるからだ。

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馬鹿親子

ひとつ、たとえ話を書いてみる。
我が家と隣家は、主が大の仲良し。息子同士の交流もある。
ある日、隣家から娘の泣き叫ぶ声が聞こえてきた。以前から虐待の噂があったが、事実であるらしい。
なんとかせねば、と我が家の家族。
とにかく警察を呼ばなくちゃ、という母を制して、我が家の主はこう言った。
「隣人のいやがることをするのはよくないよ」
彼は、こう考えているようだ。隣のご主人とは町内会で一緒の役員なのだから、運動会も近い今、波風立てるのは好ましくない。ほうっておけば、そのうち静かになるだろう。娘も死体になれば、泣き叫ぶこともないのだし。これがバランスのとれた「平和的解決」というものだ。
呆れる家族の中で、父の意見に同調する息子がいた。
「そうだよ、そうだよ、お隣なんだから、仲良くしないといけないよ! 友好だよ、ユーコー!」
見れば、つむじが左へ巻いている。それを隣家の主人に気に入られ、ときどき飴玉をもらっていたようだ。
さて、この馬鹿親子を、家族はどうしたらいい?

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聖火到着

<北京五輪>聖火、31日朝に北京へ到着(2008.3.31毎日新聞)

五輪の聖火が天安門に到着したのだという。
天安門とは、いうまでもなく「天安門事件(天安門大虐殺)」の起こった場所だ。
民主化を求める学生を、中国共産党の軍隊が、虫けらのように装甲車で踏みつぶした映像は、当時学生だった私の記憶に、いまだ新しい。あの「事件現場」で、「平和の祭典」の式典が行われるという。冗談にもほどがある。
そうしてあの「虐殺」から、19年、中共は同じ虐殺を今度はチベットで繰り返しているのである。

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