夢十夜
漱石の「夢十夜」の第六夜で、運慶が仁王を彫るのを、「なに、あれは眉や鼻を鑿で作るんじゃない。あの通りの眉や鼻が木の中に埋まっているのを、鑿と槌の力で掘り出す迄だ」と見物人が言う場面があるが、戯曲を書くという作業もこれに似ていて、すでに書かれたセリフや登場人物のキャラクター、彼らの置かれた状況によって、次の展開が決定される。
そこにはある種の「正解」が存在する。だから作者は、自分の書いたテキストを丹念に読解する必要がある。闇雲にイイタイコトを登場人物に言わせる権利など、作者には、ない。このことに無頓着な、作者の越権行為を、ご都合主義と呼ぶ。
ところで「夢十夜」の主人公は、それならばこの自分にもできるはず、と手当たり次第に木を彫ってみるのだが、むろん素人に上手く彫れるはずもなく、「遂に明治の木には到底仁王は埋まっていないものだと悟」り、「それで運慶が今日迄生きている理由も略解った」という結論に達する。
この結びが、めちゃくちゃカッコよくてしびれるのだが、さて、なぜ「それで~解った」のか?
「主人公の気持ち」や文脈の論理的整合性に拘泥する読みをしている限り、「正解」には、永遠に辿り着くことはできないだろう。だってそんなの、夢の住人がすることではないから。
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