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共産党独裁国家大好き!

「まったく理解できない」=客観的なデータ提示を-中国公安省発表で警察庁幹部(2008.2.28.時事通信)
「中国製ギョーザ中毒事件で、中国公安省が同国内での有機リン系殺虫剤「メタミドホス」混入の可能性は極めて低いと発表したことについて、警察庁幹部は「まったく理解できない」「科学的根拠を示してほしい」と話した。(中略)事件では警察庁の安藤隆春次長が25日に訪中し、同省幹部と早期解決に向けた連携強化で合意したばかり。同庁幹部は「連携もできるのか分からない。とにかく理解できない」と繰り返した中国側が、日本の警察当局が被害現場の視察や物証確認に応じなかったのは遺憾とした点についても、「視察は捜査と解釈でき、主権侵害になるため認められない。物証は捜査状況の説明を受けた上で、必要性があれば外交ルートで提供すると伝えている」と首をかしげた。」

つまり中国は、この毒入り餃子事件について、中国側の責任はないと結論したわけだ。なんら客観的な科学的証拠を示すことなく。「毒」以上に恐ろしいのは、こうした食品テロが中国政府によって握りつぶされるというこの「現実」である。
それでも、こんな共産党独裁国家大好き! の我が国の首相は、以下のように述べている。

「原因究明、中国も前向き=ギョーザ中毒問題で福田首相」(2008.2.28.時事通信)
「福田康夫首相は28日夜、中国製冷凍ギョーザ中毒問題で中国公安省が同国内での毒物混入の可能性は低いと発表したことについて「(中国側は)これからも日本と共同して、しっかり調査したいということを言っていたのではないか。非常に前向きだ」と述べ、今後も中国と協力して原因究明に当たる考えを示した。首相官邸で記者団の質問に答えた。また、首相は「中国側も原因をしっかり調査し、責任をはっきりさせたいという気持ちは十分持っていると思う。日本側も協力してやってもらいたい」と語った。 」

自国民が毒を盛られて、実際、被害者も出ている事件で、首相がこのていたらくなのである。いったいどこをどう聞けば、中国公安省の発表が「非常に前向き」に聞こえるのか?
この事件で「死者が出ていないことで何で大騒ぎする のかわからない」と言った(TBS「時事放談」)のは、かつて「あんたがたが吠えても、横田めぐみなんて帰ってこないんだよ!」と拉致被害者家族を罵った野中広務だが、日本国民に対する冷酷さにおいて、福田の言動には野中と共通のものを感じる。
日本政府は中国食品の輸入を禁止するどころか、中国政府と結託して、日本国民に毒入りの食品を提供してくる。日本国民は金だけ落として黙って死ねというわけだ。
もっとも民主主義の手続きを経てこんなバカを首相にしてしまった日本国民に責任があるともいえるわけだが(余談だが、外国人参政権が認められれば、この傾向に更に拍車がかかることは間違いない。それが地方参政権に限定されていてもだ)、ともかく自分の安全は自分で守るしかない。
つまり中国製食品は食わない、買わないことである。
私たちの選択肢は、もうこれしかない。

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外国人に参政権を認めることはできない

外国人参政権 国のあり方を政争の具にするな(2008.2.23読売新聞)

とても重要なことが書かれてあるので、以下に全文転載させていただく。

「永住外国人への地方参政権付与という、すでに決着したはずの問題が、なぜ、こうも繰り返し、蒸し返されるのか。
韓国を訪問した民主党の小沢代表が李明博次期大統領と会談し、「もたもたしているのは非常に遺憾だ。実現できるよう努力したい」と述べ、法案の早期の国会提出、成立に強い意欲を示した。
だが、憲法の規定や、国のあり方という基本的な観点から見て、たとえ地方であっても、外国人に参政権を認めることはできない
1995年の最高裁判決は、憲法15条の公務員を選定・罷免する権利は、日本国籍を持つ「日本国民」にある、と明示した。地方自治体の首長や議員を選ぶ「住民」も「日本国民」としている。
憲法は、地方も含め、外国人の参政権を明確に否定している。地方自治も憲法に基づく秩序の一環だ。憲法に反することは許されない。
地方自治体は、住民の権利・義務の規制や、罰則を含む条例の制定など、国と類似した「公権力」の行使を行う。公共サービスだけでなく、国の安全保障や教育内容など、国の基本政策に関する問題にもかかわる
武力攻撃事態法や国民保護法は、有事の際の国と自治体の協力を定めている。日本に敵対する国の国籍を持つ永住外国人が選挙権を行使し、国と地方の協力を妨げれば、日本の安全が脅かされる。
民主党内では、永住外国人への地方参政権付与を推進する議員連盟が発足する一方で、慎重論を唱える議員連盟が設立された。外国人に地方参政権を付与した場合、国の基本を揺るがす恐れがあるという強い懸念があるからだろう。
地方参政権付与論が蒸し返されるのは、95年の最高裁判決が、傍論部分で、永住外国人への地方参政権付与は憲法上、禁止されておらず、国の立法政策にかかわる問題としているからだ。
だが、傍論は明らかに本論と矛盾し、法的拘束力もない。傍論を根拠にした地方参政権付与の主張は、無理がある
問題なのは、民主党内で、「自民、公明両与党分断の揺さぶりになる」という判断が加わって、地方参政権付与の推進への積極的な動きが出ていることだ。
地方参政権付与を主張する公明党は既に法案を国会に提出しているが、自民党内に慎重論が強く、たなざらしのままだ。だが、民主党が公明党と同様の法案を提出すれば、公明党は賛成し、自民党も動揺する、と見ているのだろう。
国のあり方にかかわる問題に政略的な思惑で対処することは、許されない。」


実をいうと、昔、小澤には、ちょっぴり期待していたところがあった。そんな自分が阿呆みたいだ。まったく人を見る目がなかったというわけだ。
上記の読売の社説には、「国のあり方にかかわる問題に政略的な思惑で対処することは、許されない。」とある。当然だ。であるなら、行動原理のすべてが「政略的な思惑」であるとしか思えないこの男が、国政に携わっていることじたい、許されるべきではない。
民主党の小澤には自民党の福田ともども、さっさと政界から退場願いたい。

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ミエミエ

人権擁護法案 公権力抑止という原点に戻れ(2008.02.18読売新聞)

重要なことが書かれてあるので以下に全文転載させていただく。

「人権擁護法案に対する懸念は一向に解消されていない。それなのに自民党内に法案の国会再提出を目指す動きが出ている。当然、断念すべきだ
この法案は、2002年に国会に提出されたが、強い反対で廃案となった。法案自体に、数多くの問題点が含まれていたからだ。
まず、人権侵害の定義があやふやである。「不当な差別、虐待その他の人権を侵害する行為」としているが、判断基準が不明確だ。
その分かりにくい基準で人権侵害の有無を判断するのが、新設する人権委員会だ。差別や虐待の疑いがあると判断しさえすれば、裁判所の令状なしで立ち入り調査などができる強い権限を持つ。こんな“危険”な組織が必要だろうか
そもそも、国連規約人権委員会が法整備を勧告したのは、公権力による人権侵害を抑止するのが目的だった。
人権委は、法務省の外局に置くとしている。名古屋刑務所での受刑者暴行事件のように、重大な人権侵害は公権力を行使する場で起きることが多い。
刑務所や入国管理施設は法務省の所管だ。人権委が法務省の外局では、公正な調査ができるのか大きな疑問が残る。
まして人権委の事務局には、法務省人権擁護局の職員をあてることが想定されている。地方事務所の仕事も、その多くが地方法務局に委任される予定だ。これでは、まるで法務省の出先機関ではないか。内閣府の下に中立的な機関として置くべきである。
メディアに対する規制も問題だ。
過剰な取材とされる「つきまとい、待ち伏せ、見張り」などは、メディア側がすでに自粛している。なのに、通常の取材活動に過剰反応し、人権侵害だと恣意(しい)的に認定する恐れがある。このメディア規制条項は削除すべきだ。
地域社会の人権問題に携わる人権擁護委員の選任資格の問題も残されている。国籍条項がなく、外国人が委員になることも可能である。
朝鮮総連など特定の団体の関係者が委員に選ばれ、批判的な政治家や報道機関を根拠もなく“告発”するケースも考えられよう
自民党人権問題等調査会で、鳩山法相は法案提出への意欲を示しつつ、「前の法案をベースにしないでフリーに議論してもらいたい」と述べた。
だが、調査会では反対論が続出した。重大な疑問点が残されたままなのだから当然だ。法案はゼロから作り直すべきだ。公権力による人権侵害の抑止という原点に戻らなければならない。」


「朝鮮総連など特定の団体の関係者が委員に選ばれ、批判的な政治家や報道機関を根拠もなく“告発”するケースも考えられよう」というよりも、むしろそれが目的であることが、推進派の顔ぶれを見ればミエミエなのである。
国籍条項にかんしては、それを設けたところで、実際にはいくらでも抜け道はある。だから「不要」と結論づける輩がいるが、それはたとえば麻薬がなくならないから麻薬を取り締まる法律が要らないというのと同じで、端的に言って阿呆の発想である。
いずれにしろ、こんな大悪法じたいを絶対に許してはならない。

参考:城内実 - ネット規制の悪法「人権擁護法案」反対!!!!

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ディスコミュニケーション

仕事をもらえるのは、ありがたいことだけれど、「できません」とすでに何度も伝えているはずなのだ。
それは私のスケジュールだとか、能力の問題ではなくて、発注元のコンピューターのシステムにバグがあるらしく、データの受け渡しが正常に行われないためで、そのことを、もう一週間も前から再三にわたり、担当者にメールで知らせているのだ。
なのに、今日、新たに追加の仕事が舞い込んだ。ギャラのアップを提示して。
だからあ!

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人権擁護法案

安倍政権下で身をひそめていた「人権擁護法案」が、福田政権になり、またぞろ蠢きだしている。自民党の太田誠一や古賀誠、二階俊博らが推進するこの法案は「人権擁護」とは名ばかりの、言論統制・弾圧のための大悪法である。要するに、ある特定の人間にとって気に入らない相手の言論を、「人権」の名の下に抹殺することを正当化しようというわけだ。むろん私はこの法案提出に断固反対する。なぜメディアはこの法案の問題点をもっと大きく取り上げないのだろう?
かろうじて産経新聞社説2008.2.15は次のように書いている。
「法案そのものの趣旨は、法務省の外局に人権侵害の被害救済を目的とした人権委員会を設置することにある。法務省が以前に示した原案では、人権侵害の定義があいまいなうえ、人権委員会は裁判所の令状なしで家宅捜索を行えるなど強大な権限が与えられていた。これに対し、「言論の自由が侵害される恐れがある」「新たな人権侵害を生みかねない」といった強い反対意見が党内から出され、法案提出が見送られた経緯がある。そもそも、警察や検察以外に、人権委員会のような機関を設ける必要があるのか、極めて疑問である。(略)人権委員会が設置されれば、政治家や学者を含め、一般国民の言論活動が制限される恐れがある。例えば、拉致問題解決のために「北朝鮮への経済制裁」を訴えることが人権侵害とされかねない危険性が指摘されている。」

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リバーズ・エッジ

River岡崎京子「リバーズ・エッジ」。評価の高い作品で、私も面白く読んだ。
しかしこれを手に取ったきっかけは、「文学界」に掲載された小谷野敦のエッセイで、そこでは次のように批判的に書かれている。「『リバーズ・エッジ』に私が感じた違和感は、まさにこの「子供共同体」を神聖視する観点が、決して付随的なものではなく、本質的なものとして内在していたからだ。いじめがあろうが、軋轢があろうが、この場合は高校生である「子供」は、「大人」には理解できない共同体を構成するものである、という視点である。」
「文学者の〈いじめ〉責任」と題したこのエッセイじたいは、私は興味深く読んだのだが、いざ「リバーズ・エッジ」を読み終えてみると、その批評としては、上記引用箇所の前後を読みあわせても「?」であるといわざるをえない。
地上げされたまま、手つかずの河原のヤブ。半ば忘れられたその土地で遭遇する「死体」への、登場人物たちの奇妙にズレたリアクションが、この作品全体を貫く世界観である。この世界観を一旦了解した読者は、ちょっとイカレた登場人物たちの行動も、とりあえず違和感なく受け入れることができるだろう。
とはいえ、最後まで主人公に感情移入して物語を読み進められるとは限らない。
登場人物の一人・吉川こずえが終盤、主人公・ハルナを横目に言う。「行こ 山田君 アホはほっとこ」まさに私の主人公に対する気持ちもそんな感じ。唐突に橋の上で涙されても、なんだかなーとシラケてしまう。むしろ私は、山田君を慕い、文字通り恋に身を焦がす、田島カンナに感情移入してしまったよ。

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感謝している

「卒業式の国歌斉唱で起立しなかったことを理由に、退職後に嘱託教員として採用しなかったのは違法として、東京都立高校の元教師ら13人が、都に計約7300万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が7日、東京地裁であった。」というニュース(2008.2.8産経新聞)。「中西茂裁判長は、起立を命じた職務命令は合憲としたが、「不採用は都教委の裁量権の逸脱」として都に計2750万円の賠償を命じた。」とのこと。
「校内暴力」世代である私の卒業した公立中学は、今はどうだか知らないが、当時は県下有数の不良校で、通俗的なテレビドラマか若者向け歌謡曲の歌詞さながら、校庭を改造バイクが走り回り、しょっちゅう校舎の窓ガラスが割られた。イジメなど日常茶飯事、私はその対象にこそならなかったものの、同級生に屋上に呼び出され、金を巻き上げられたこともある。同級生の背後にはおっかない先輩がおり、先輩の背後には地元のヤクザがいたそうだ。
あの頃の学校の荒廃を、私は教師のせいにするつもりはない。そりゃあ、いく人かは、戦後のどさくさで教師になってそのまま居座り続けているとしか思えない、どうしょうもない教師もいたが、世間の理不尽さを教わったと思えば、今ならそうも思えるし、しかしたいがいは、とくに若い先生は生徒のためによくやってくれていた。
少なくとも、手前のくだらぬ思想信条のために、国旗・国歌騒ぎで卒業式をメチャクチャにして恥じぬ、独善的なバカ教師は一人もいなかった。そのことを今でも感謝している。

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一連の中国毒入り餃子事件で、当初から懸念されていたとおり、中国共産党が捜査の壁になっているという。(2008.2.7産経新聞
日本側により示された客観的事実より、己の信じたい「事実」が優先される。こうした一党独裁国家の態度は、いわゆる歴史認識問題にも通じている。
日本のマスコミ報道にも大いに疑問を感じる。
BSE問題のときは、米国産牛肉の輸入全面禁止を求めてあれだけ騒ぎ立てたのに、今回は、すでに複数の被害者が出ているにもかかわらず、毒物混入の真相が解明されるまで輸入を止めるべきという話にならない。なぜだろう? 何か利権の構造によるものだろうか? それとも「食の安全」以前に、核を含めた中共の軍事力の脅威に日本がさらされているからだろうか?

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身分証明書

20代の半ばまでは会社の社員証が顔写真付身分証明書となっていた。会社を辞めてからは運転免許証がその代わりをしていたが、ワケあって運転免許が失効してしまい、何かと不自由していた。
なので、このたび、住民基本台帳カードなるものを作成。10年間有効らしい。
10年…。
その頃の人相は、身分証明書の写真とずいぶん変わっていることだろう。住所は、おそらく変わっていない。家のローンもあるし。そのローンは順調に返済できているのだろうか? そもそも私は生きているのか? 

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標準体重

いつだったかテレビで、政治家が、女性アイドルに「身長(cm)-100=標準体重(kg)」みたいなことを言い、これに対し、アイドルが「えー?!それは太りすぎぃ」とか反発してるのを見た。
中学生の時、クラスの女子から「(身長(cm)-100)×0.9=標準体重(kg)」という説を聞いたことがある。
で、ネットで調べてみたら、こんな計算式を見つけた。
標準体重(kg)=身長(m)×身長(m)×22
身長の自乗に22をかけるというのだが、計算してみると、「クラスの女子」説よりは、やや甘めの数値が出る。

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香水

古本屋で、女流作家Sの本をまとめ買いしたら、そのうち一冊に、前の持ち主のものと思われる香水が強烈に染みついていて、ページを開くのもためらわれるほど。
その匂いが、やがて私の中で、女流作家Sの匂いとなる。

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200601234地表付近の月は、やたらデカく見えるけれども、これは周りに民家や林などの比較対象物があるために、そう見えるだけなのだ、と小学生のとき教わった気がする。
だけど、天頂付近の月を、ビルや民家の屋根や木の枝をナメて見あげても、やっぱり小さく見えるので、納得いかない。それに、比較対象物のない地平線や、水平線付近の月も、やっぱりデカいんじゃないだろうか? さらに屁理屈を言えば、たとえば朝方か夕方の、比較対象物が確認できる明るさの空で、月の近くに飛行機が通りかかったら、月は急に膨張し、飛行機が去ったら、また急に収縮しなければいけないのじゃないの?
大気がレンズの役目をしてどうこう、という話も聞いたことがあるが、ほんとのとこは、どうなんだろう?

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万引未遂

スーパーで万引きしそうになってしまった。
夕飯のおかずを買い物かごに入れ、「そうだ。プリンターの紙がもうないんだった」とA4のコピー用紙を手に取ったのだが、かごに入れたら玉子をつぶしてしまうので、腋にはさんでレジに並んだ。で、書きかけの新作のことなどをあれこれ考えているうちに順番が来て、かごの中身を精算したのだけど、腋の紙を忘れてそのままレジを通過しそうになってしまった。
「あっ!これも」とすぐに追加で精算したが、もしもあのまま気がつかなければ、店を出たとき「ちょっと」と店の人に肩を叩かれていたかも知れない。
ま、その前に、買ったものを袋に詰め替えるときに気がつくか。

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ホットカーペット

20070831我が家には、もう長いこと炬燵がない。外出したとき、消し忘れていたのではないか、と心配で仕方がないから。石油ストーブなんてもってのほかで、絶対火事になると思ってしまう。
なので長年、冬場もエアコンだけで過ごしてきたのだが、冷え性なので足が寒い。
それで、ネット通販でホットカーペットを購入することにした。
「クチコミ」欄なるものに、セレブな購入者が、「猫用に買いました」と書いている。人間の私としては屈辱的だが、安さの魅力に抗えず、購入した。届いてみれば、安いだけあって、たしかにカーペットがチャチなのだけど、ちゃんと暖かくはなるし、まあ、いいか。

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エーセー屋さん

子供の頃、大人になったら何になりたいかと問われれば、「エーセー屋さん」と答えていた。
エーセー屋さんとは、バキュームカーで、便所の汲み取りをする人のこと。つまり衛生局の職員だ。親は「夢がない」とうなだれた。
私の子供の頃は、水洗便所はまだ少なくて、汲み取り式が主流だった。バキュームカーが来ると、子供にとってはちょっとしたイベントで、私は近所の子らと「臭い、臭い」と言いながら、バキュームカーを追いかけてまわったものだった。そして、エーセー屋さんの仕事を眺めたのだが、これが子供にとって唯一、大人の「労働」らしい労働に触れる機会だった。

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プラタナス

200601231 街路樹のプラタナス。
この丸い実を見るといつも、小さな子の着るコートの首から胸に垂れるボンボンや、私がそんな子供の頃に暮らしていた平家建ての、居間と台所の境にかかっていた毛糸のボンボン暖簾を思い出す。
その台所で小火がでたのは、いつのことだったか。
母が天ぷら油を火にかけたまま長電話していたのだった。幸い大事には至らなかったが、消防車までやってきて、焼け跡に集まる近所の人々(靴のまま家にあがった)の中で、母は憔悴しきっていた。
しかし私は、なんだか一躍時の人になったようで、妙に誇らしく彼らに目撃談を語った。今考えると、ちょっとドラマチックに脚色してたかもしれない。

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アドバルーン

最近になってまた、アドバルーンを見かけるようになった。
子供の頃は、意味もわからず、アドバ・ルーンと区切って呼んでいた。(ロールスロイスも、ロール・スロイス。なんとなく美味しそうだと思う)
アドバルーンのヒモの部分に掴まって、どこまでも上昇していく自分の姿を思い描き、怖ろしいと思ったものだった。
私は昭和43年生まれ。子供のとき、チンドン屋はすでにレトロの匂いがしていた。日曜日になると、セスナ機が住宅地を低空飛行して、家具屋かなんかの名を連呼する女性の声を振りまいていたのも思い出される。

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床屋

近所に二軒の床屋がほとんど並んであって、一方の料金が、もう一方の倍なのだ。
私は当然、安い床屋に行くわけだけれど、その店の理容師のあんちゃんが煙草臭いのは、私も愛煙家だから辛抱するものの、妙に馴れ馴れしく、しかもタメ口なのが、我慢ならない。
倍のお金を払って隣の床屋に行く気にもなれないし、だいたいそこの店にしたって、タメ口でない保証はないのだし…。

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加害妄想

学生時代、読み終えた本は即刻、古本屋に売っていた。本を売って得た金は、たいていその日の夕飯に消えた。
授業で使用した学術書はもとより、趣味で買った小説なども。何故? と問われれば、アパートの狭い部屋が本で埋め尽くされるのがいやだから、と答えた。ならば図書館を利用すればいい、との反論には、一瞬でも所有する喜びを買っているのだ、などと屁理屈をこねた。
それもまったくの嘘ではないのだが、ほんとうのところ、借りた物をどうかしてしまったらどうしよう、という不安があった。「どうか」というのは、たとえば醤油のシミをつけてしまったり、どこかになくしてしまったり…。
加害妄想的な傾向が、私にはあるようだ。
今では、普通に図書館を利用するが、それでも、借りたその日から、返却期日が気になってしょうがない。

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上毛カルタ

群馬出身者にとって、カルタといえば「上毛カルタ」。
上毛カルタを知らぬ群馬県人は一人もいない。ほんとうに、一人も。
子供の頃、私は、これが全国でやられているもんだと思い込んでいた。全国で、その土地にちなんだカルタが、というのではない。日本じゅうで、上毛カルタがやられていると思い込んでいたのだ。
「群馬のことばっかりで、よく、文句が出ないもんだなあ」と。
テレビの天気予報なんか、関東地方の天気しか伝えないから、北海道や九州の人は、さぞかし不便だろうなと同情していた。

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見てるゾ

200703025_1 散歩の途中、住宅地で見かけた防犯の貼り紙。
眉と目が…。

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三半規管

ミラーボールが苦手。
ボールに反射したキラキラの模様が、暗い室内の壁をぐるぐる這い回ると、こちらの目が回ってしまう。
たぶん三半規管が弱いのだと思う。
遊園地のコーヒーカップなんてもってのほかだし、振り子状態に大きく行ったり来たりするアトラクションなんかは、吐くのではないか、そしたら他の乗客に吐瀉物がかかってしまい、大騒ぎになるのではないかと、その想像の方が恐ろしくて、ますます気分が悪くなる。

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猫なり

学生時代に、もっとしっかり勉強しとくんだった、と後悔することがしばしばある。だけど、よく思い出してみれば、学生時代ってなんだかんだと結構忙しく、まあ、私のいた経済学部なんかは、「猫より暇」とか言われてたのだけど、猫は猫なりに、やっぱりやるべきことがあるのだし、だいたい、しっかり勉強してたら、ほんとに後悔せずに済んだのだろうか?
いくらしっかり勉強しても、理想とする自分の姿というのは、いつも現実より少し高いところにあって、永遠に手の届かぬものではないか、届かないから理想なのだし。
結局は、ないものねだりなのだ、と思っても、しかし後悔の念が消えたわけではない。

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舌打ち

マンションが雁行タイプで、つまり、建物がジグザグに設計されていて、玄関からエレベーターまで行くのに、いくつかの角を曲がることになる。
早朝、私がゴミ出しに行くと、曲がり角から不意に新聞配達員が顔を出した。
ということは、相手からしてもやはり、ジャージ姿の男がゴミ袋を提げて突然現れたことになるはずで、お互いに思わずのけ反り、「おおっ!」と声をあげてしまったのは、仕方がない。
が、その後、すれ違いざまに、相手がチッと舌打ちした。
「ちょっと待て。今のはどういう意味の舌打ちだ?」
私は彼の腕を掴み、問いただしたい気持ちになったけれど、もちろん、朝っぱらからそんなことはしなかった。

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通販

カタログ通販で買物しようと、妻が申込書にボールペンで記入していた。
「そんなの、いまどき、ネットから注文できるでしょうが」
そう言って、私が代行してやる。
しかし、サイトのつくりがひどくわかりにくく、本来適用されるはずの割引が適用されぬ形で注文が完了してしまった。
そのくらい、諦めても良かったのだが、しかしやっぱり納得いかず、通販会社に電話したら、オペレーターが大儀そうに対処のし方を教えてくれ、私は再びパソコンに向かい、教えられた通りにやろうとしたのだけど、うまくいかない。
もう一度しつこく電話した。
今度はべつのオペレーターが出て、すると、さっき教えられたことがウソだったと判明。
ウソというか、間違えというか、単によくわかっていなかったのだろうけれど、私のイライラはそこで頂点に達し、「もう、いいッ。めんどくさい!」と注文じたいをキャンセル。
そんなわけで、妻はいまだ買物できていない。

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イルミネーション

20061226クリスマスの時期になると、街角のみならず、庭の木をイルミネーションで飾っている家をよく見かける。
私は大学が札幌だったので、大通公園のホワイトイルミネーションを見に行ったことがある。観光客ですごい混雑だった。
カップルでホワイトイルミネーションを見ると別れる、というジンクスがあると、当時、バイトで講師をしていた塾の生徒から教えてもらった。
大勢の足で踏み固められた雪は、つるつる滑り、男が尻餅なんかつくと、ただでさえ、寒いのと行列が進まないのとでイライラしていた女が、「もうっ、何やってんのよ!」ということになり、男は男で、尻は痛いし、冷たいしで、「そういう言い方、しなくてもいいだろ?」
「早く立ちなさいよ」
「手、貸せよ」
「あー、もう、みっともない」
「みっともないって、なんだよ?」
「みっともないは、みっともないよ!」
とかなんとかのやりとりの末、2人は別れることになるのだろう、と私は邪推するのだが、ほんとのところは、よく知らない。

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昨年だったか、一昨年だったか、いずれにしても、夏の話である。夕方、蝉が部屋に入り込み、大騒ぎになった。
ベランダの洗濯物を取り込んだら、くっついていてきたのだ。
室内で見る蝉の存在感は、ものすごい。しかも行動が読めなくて、壁や家具や天井にバンバン体当たりするから、恐ろしい。私たち夫婦は一旦、廊下に避難して居間のドアを閉めた。
「なんとかしろ!」と私が命じると、妻が軽蔑のまなざしで見返したので、仕方なく私が箒を手に、そうっと居間に戻った。
と、背後から「これ、これ」と声がして、振り向くと、妻が殺虫剤を持って立っている。蝉に殺虫剤なんて、そんな残酷な話は聞いたことがない。
ならば、と今度は、浴室から洗面器を持ってきた。蝉をを床に封じ込める作戦らしい。姑息とはこのことだ。仮にその作戦が首尾よくいったとして、誰が再びそれを開くのか?
結局、長い格闘の末、カーテンにとまっているのを揺すぶって、ようやく蝉を窓の外に追いやった。完全に日が暮れていた。

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集中力

人一倍、集中力が、ない。
本を読んでいても、映画や芝居を観ていても、気がつくと、まったく関係ないべつのことを考えている。
で、客席で、どっと笑いが起こり、え? 何、何? という状態になることも、しばしば。
そんなとき、「ねぇ、ねぇ、今、なんて言ったの?」と、隣の席の人に説明を求めているおばちゃんを見かけると、あ、仲間だ、と思ってしまう。

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靴下

寝起きに、うっかり靴下を履いたまま、風呂に入ろうとしたことがある。
湯舟に入る前に気づいて、あわてて脱いだのだが、このあたりが凡人の限界か。そのまま何食わぬ顔で入浴を済ませてしまう図太さが欲しいとも思うが、しかしそうなると、この一瞬の違和感も体験しなかったことになる。

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浮島

20051213 川崎駅からバスに乗り、浮島へ。
工場の、低く唸るような機械音が、人気のない埋立地を覆っている。
これを「巨大な静けさ」と形容したのは、80~90年代に若者に人気を博した、ZELDAというニューウェーヴバンド。その「うめたて」という曲を鼻歌で歌いつつ、まっすぐな道を、ずんずん歩く。トラックなんかは頻繁に行き過ぎるのに、歩行者とは一人も遇わない。代わりに、久々に野良犬を見た。

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違和感

首の付け根に何やら違和感。
シャツの生地の縫い目がよじれて団子になり、当たっているのかと思ったが、手を差し込むと、指先に触れた固いモノが、脇腹から背中へガサガサ這った。
ゾッとして身をよじり、シャツを、肌から引きはがすように引っ張ってバフバフさせる。
と、腋の下から二の腕にかけて、くすぐるような感覚が移動した。あわてて袖を捲ると、違和感の主が、一匹、蠢いている。名も知れぬ、小豆大の黒い虫。
即座に床にはたき落として、「違和感」を踏みつけた。

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不思議

歯が痛みだすと、急に町中に歯医者が増える。畳がすり切れると、やたらと畳屋が看板を出す。
要は見る者が、今、何を必要としているかということだが、不思議なことに、公衆便所だけは、求めれば求めるほど姿を消す。

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貧血

道を歩いていたら、まるで吊り橋を渡っているように、足下がぐらりと沈んだ。
地震か、とひやりとしたが、誰も何も反応しない。
どうやら、歩きながら、軽く貧血を起こしたらしい。
三歩ほど異次元をさまよい、ふんわり戻ってきて、その場にしゃがみ込んだ。

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カレー

美味しそうなインド料理屋があったのだが、昼食には蕎麦を食うと朝から決めていたので、香辛料の香り漂う店の前を素通り。食堂に着き、店のおばちゃんに、天ぷら蕎麦を注文すると、ガスが故障していて、蕎麦が茹でられないという。
「カレーなら、すぐできますけど」

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ライブ音源

20070126 私の演奏するライブ音源。
まだ小学校に上がる前の、ピアノの発表会の模様を収めたレコードだ。むろん自主製作。流通はしていない。
私はラクダ色の半ズボンに白のタイツを穿いていた。当時の写真を後で見ての記憶だと思う。
しかしステージに上がる前のことは、ダイレクトに憶えている。
私はピアノの先生に付き添われて下手(しもて)の舞台袖にいた。ステージでは、何人か、女の子の演奏が続いた。司会者が、「いよいよ次は男性のピアニストです」と私を紹介。「男性」という言い方に反応してか、それとも「ピアニスト」というのが面白かったのか、観客がどっと笑った。先生も笑い声を上げた。
私はそのとき、すでにステージに向かい歩き出していたのだが、あわてて舞台袖に踵を返した。なんで笑いが起きているのかわからないまま、とにかく「間違えた」と直感して。
「いいのよ、いいのよ」と先生が私を回れ右させ、再びステージに押し出した。
私は黄色いバイエル程度の曲を2曲、弾いた。憮然として。
レコードを聴くと、それでも教えられた通り律儀にスタッカートなんかしてるのが、自分で言うのもなんだけれど、かわいらしい。意外とテンポもキープしている。が、いかんせんミスタッチが多く、聴き手の私が、ひやひやしてしまう。

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体重計

今まで使用していた、昔ながらの、目盛りを針が指すタイプの体重計が壊れてしまったので、体脂肪計付体重計を購入。
「壊れてしまった」という認識が、私にはまったくなかったのだが、「おかしい」と妻が指摘した。「実際の体重より4~5キロ多く示す」と。
希望通りの体重を示さないからといって、体重計のせいにすべきでない。
私がそう諭すと、希望ではなく、健康診断で計ったのだという。健康診断は、前日。たった一日で、そんな急に太るわけがない。
そういうわけで買ってきた新しい体重計にのる。自分が急に痩せた気がする。

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レトロ

20070125_1私の父か母が、若い時分に買ったと思われる古いレコード。
実家からレコードプレイヤーを送ってもらったとき、なぜか一緒についてきた。
針を落とすと、毒にも薬にもならないムード音楽なのだけど、「高度経済成長」の匂い漂う、レトロなジャケットが、古臭さを一周して、むしろ素敵。

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ボツ原稿

書斎を整理していたら、昔、自分の書いたボツ原稿がたくさん出てきて、ざっと目を通したところ、なるほど大半はクズであるけれど、それでもところどころ、若い感性のキラリと光る部分があって、自己愛もあり、無下に廃棄できない。
当時、マッキントッシュを使っていて、データをウインドウズ用に変換しないまま、FDはもうどこかへやってしまった。せめて「キラリ」の部分だけでも入力し直してから、ボツ原稿を捨てることにする。思えば、私のデビュー作も、こんなふうにして生まれたのだから、まるっきり無意味でもないだろう、と思う。

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構想

新しい戯曲の設定を思いついたときはいつも、すごく面白そう! と思う。
勘違いであろうと何だろうと、作者が自分で面白いと思えないものなど、最後まで書き通せるハズがない。
最初の一行を書き出すとき、ストーリーなど、決まっていない。いいのだ、それで。構想通りに書けたためしはないのだし、そんなデキレースみたいな作品を書いたところでしょうがない。

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閉店

近所の古本屋が閉店。
古本屋といっても扱っているのは主に中古のゲームソフトで、ゲームをやる習慣のない私の生活には、さして影響はないのだが、それでも少しは、本やCDやビデオなんかも置いてあって、私には密かに狙っているビデオがあった。
郊外の住宅街にあるその店の客層からして、そうそう捌ける代物ではないと踏んで、投げ売りされるのを待っていたのだ。けれど投げ売りはされぬまま、今、店はもぬけの殻である。私がビデオを買ってさえいれば、こんなことにはならなかったのに…、とは、まったく思わないが。

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悪徳リフォーム

マンションの管理会社から依頼を受けた、水まわりの工事と偽って、悪徳リフォーム業者がやってきた。ご丁寧に作業服姿で、もっともらしく、胸に「社員証」なんか下げているが、会社名は読み取れない。
男はユニットバスの耐用年数の話なんかはじめ、我が家の風呂の型番を教えろと言うから、
「要するにセールスだろ?」と私が言った。
「なんですか?」
「水まわりの工事だって言ったじゃないか。なぜ嘘をつく?」
「水まわりの工事ですよ?」
「風呂のセールスじゃないか」
「だから、そういう意味で言ったんですけど?」
今、キャンペーン中で、この近所で風呂の購入者を募っている。購入希望者は既に多数いる。(「たとえば、誰?」「プライバシーに関することなので教えられませんよ」)まとめ買いすれば安く交換できる。お宅も、ひとつ、のらないか? と、男は言うのだった。
「いらねえよ」
「風呂の型番、天井、開けたとこに書いてあるはずなんで。最終的に買う買わないは、お客さんの判断に任せますから」
「あたりまえだろ」
「壊れてからだと、水漏れして、下の階の人に迷惑かかっちゃうんで」
「あんたに迷惑かかるわけじゃないだろうが! だいたい、あんた、どこの会社だよ?」
「都内の…」
「会社名だよ。名刺くれよ」
「その前に風呂の型番、教えてくださいよ。」
「名刺、ないのかよ」
「ありますよ」
「じゃ、くれって」
「風呂の型番教えてくれたら、あげますよ」
いい加減、頭にきて追い返したら、その男、エレベーター脇に唾を吐いていきやがった。

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