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死のうと思っていた。ことしの正月、よそから着物を一反もらった。お年玉としてである。着物の布地は麻であった。鼠色のこまかい縞目しまめが織りこめられていた。これは夏に着る着物であろう。夏まで生きていようと思った。
世の中に 人の来るこそうれしけれ とはいふものの お前ではなし
劇作家や演出家、監督などマルチな活動をしていた、寺山修二の残した名言。振り返ったところで、過去には夢がないといううまい言い回しで、くよくよ後悔することの無意味さを表現しています。寺山修司にはベストセラーとなった「ポケットに名言を」があり、名言の多く残した人物としても知られています。興味があったら、ぜひ調べてみてください。
昭和十年十二月十日に
ぼくは不完全な死体として生まれ
何十年かかゝって
完全な死体となるのである
そのときが来たら
ぼくは思いあたるだろう
青森市浦町字橋本の
小さな陽あたりのいゝ家の庭で
外に向って育ちすぎた桜の木が
内部から成長をはじめるときが来たことを
子供の頃、ぼくは
汽車の口真似が上手かった
ぼくは
世界の涯てが
自分自身のなかにしかないことを
知っていたのだ
ジェイムズ・ジョイス、フランツ・カフカと並び称される20世紀西欧文学を代表する世界的な作家として位置づけられている。
立身出世した医学者の父親と富裕なユダヤ人家系の母親の息子としてパリで生まれたマルセル・プルーストは、病弱な幼少期を過ごし、9歳の時に発症した喘息の持病を抱えながら文学に親しみ、リセから進んだパリ大学で法律と哲学を学んだ後はほとんど職には就かず、華やかな社交生活を送り、幾つかの習作を経た30代後半から51歳の死の直前まで、長篇『失われた時を求めて』を書き続けた
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