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コラム

2020年9月23日 (水)

論理よりも情念が大事という人

さらにその「論理よりも情念が大事という人」はしばしばその自覚がなく、我こそは合理主義者と思っていたりするのだから話にならない。

2020年9月19日 (土)

厚かましさ

おのが主観は何にもまして尊重されるべきという思い上がり。
それを不躾に口にすることに価値があると信じて疑わぬ厚かましさ。

妄想物語

論理的に筋が通らぬばかりか、そもそも何に対する言及なのかも明らかにされない。そんな無根拠で独りよがりな妄想物語に耳を貸す暇はない。

2020年9月 4日 (金)

 リスクを二元論で考えることのリスク

https://medium.com/uesaku-diary/%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%82%AF%E3%82%92%E4%BA%8C%E5%85%83%E8%AB%96%E3%81%A7%E8%80%83%E3%81%88%E3%82%8B%E4%BA%
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二元論で考える人は有り得ない絶対的安全(=ゼロリスク)を求めてしまうため、政府としてもそのような国民が多いと「こんなレベルの国民に判断に至るまでのプロセスを見せても無駄だ……無用な混乱を防ぐためにも結果(決定した基準値)だけ見せよう」となるわけです。これでは国民は余計に数値それ自体に躍らされることになり、悪循環が断ち切れません。
そもそも、基準値が絶対的なものではないということは、よく考えると普段の生活からも容易にわかることです。自動車の速度制限(制限速度以下なら必ず安全なわけでもない)もそうですし、日々の塩分の推奨摂取量(超えても必ず病気になるわけではない)もそうです。こういったリスクについては白黒はっきりした基準があるわけではなく、あくまでグラデーション的に、アナログにリスクが増減する中において社会的に妥当と考えられる基準値があるだけです。
残念ながら、少なくない大人の人たちは当時の放射能関係のリスクや基準値についてあまり良い判断ができなかったようです。しかし中高で習う理科に関する基礎的な知識があれば、放射能や放射線といった用語やベクレルやシーベルトといった単位について把握し、放射能関連の基礎を理解することはおそらく可能でした。仮にそれらの用語や単位をもともと知らなかったとしても、上記の理科の知識があればネットやニュース等の情報から正しく捉えることができたと考えられるからです。

2020年9月 3日 (木)

思いやり?

科学的根拠に基づく合理的思考を放棄した者が「思いやり」だとか「助け合い」だとか、俗情と結託した言葉を口にしたがる。おのが動機の純粋性は何にも増して尊重されるべきという傲慢さの表れだろう。

『パンとサーカスそして再び』再び

http://kazutakaimai.cocolog-nifty.com/kazutakaimai/2020/09/post-c21323.html

公演後に女優と打ち合わせ(というほどでもない雑談)で、マックでお茶したのを覚えている。その後だったか、公演前だったか失念したが、会場周辺を一人で歩き回った。ずいぶんたくさん写真も撮ったがカメラがデジタルハリネズミで、WiFiに繋がっておらず、また当時は写真をクラウドに残す習慣が私になく、そんなわけでまったく手元に残っていない。そのことが悔やまれる。

 

 

2020年9月 2日 (水)

パンとサーカスそして再び

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原宿駅舎解体のニュースに触れ、いろいろと原宿の思い出を辿る内、この公演のことを思い出した。2013年6月だったのだなあ。ピタパタの『ささやかな/午後』が2013年12月だから、まだ稽古ははじまっていないが準備は進めていて、出演者である女優2人と一緒に3人で行ったのだった。

 

花のノクターン

http://www.webdice.jp/event/detail/4398/

こちらのサイトの記載に依れば、2011年03月06日 ~ 2011年03月09日、この期間中に何度か、表参道に山田勇男監督の映画を観に行ったのだった。この催しで間違いないだろう。ピタパタの旗揚げが2012年だから、そんな話も監督にした記憶があるし、そうして招待状を出し、ファックスでお祝いの言葉を頂いたという一連の事実関係とも整合する。

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2020年8月29日 (土)

話にならない

言った言わないの水掛け論を避けるべく文書を残しても、文章の「てにをは」すらままならぬのだから話にならない。

2020年8月26日 (水)

ダイアローグの成立しない相手

に文脈がどうこういったところでしょうがない。せいぜい関わらぬが吉である。

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