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コラム

2019年10月14日 (月)

今月25日

で、私の三回忌である。早いもんだ。
入院中の方が今よりよかったことといえば「正当な手続きを経てここを出さえすればまた元通りの生活に戻れる」と「外部」を信じることができたことだ。それを「希望」と呼ぶならば、希望はもはや完全に潰えた。

2019年10月10日 (木)

約半年の入院中

一日も欠かすことなくリハビリを受けたものの、身体機能の観点からは、全く、1ミリも「回復」していない。

2019年10月 6日 (日)

施してやっているという

自己愛充足のための材料として消費されるのはまっぴらゴメンである。

2019年10月 4日 (金)

死よりも深い絶望

のあることぐらい、想像がつくだろう。

2019年10月 3日 (木)

善人面したいがための

押しつけがましさ(余計なお世話)を心情倫理の絶対視が正当化する。

2019年10月 2日 (水)

善人の最大の罪

何故そうなるかといえば,心情倫理の絶対視に基づき、おのが善意は何にも増して尊重されるべきと信じて疑わぬ思考回路のためだろう。

2019年9月30日 (月)

一命をとりとめた

ことを、「最悪の事態を免れた」などと表現することがあるけれども、必ずしも「死」が「最悪の事態」ともいえぬだろう。生き地獄というのは実在する。

わかってくれとは言わないが

わかりもしねえくせに、利いた風なことを言いたがり、妄想に基づく勝手な物語に他人を回収しようとするな、というのである。不要な干渉を退けるコストはこちら持ちなのだから迷惑だ。

 

2019年9月25日 (水)

頓珍漢

ある人が泥棒をした/しないを問題にしている局面で、いかに泥棒が卑劣な行為であるかを強調したって頓珍漢だろう。それが的外れであるという指摘をすると、泥棒の肩を持った、泥棒擁護だと噴き上がる。二重に頓珍漢である。

関わらぬが吉

会話風の言葉のやりとりでありながら、実はちっとも「会話」などではなくて、こちらの言葉は、相手の妄想に基づく物語のための曲解の材料を与えることにしかならぬなら。そういう人間とは金輪際関わらぬことである。

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