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コラム

2019年2月18日 (月)

書くということ

絶望をスルーしたり曲解したりするのでなしに、正面から受け止めた上で相対化するのである。「書く」とはそういうことだろう。

たくらだ猫の隣歩き

【意味】
愚かな猫が、隣近所を遊び回りながら鼠を捕まえるのに、自分の家の鼠はさっぱり捕らないということ。
よその家の事ばかりして自分の家の用をしないことのたとえ。
【類】
不精者の隣働き ぶしょうもののとなりばたらき

2019年2月17日 (日)

すでに終わった人生を

そうとは気づかずに生命の残像が生きている。

2019年2月15日 (金)

幻聴

というのではないのだろうが、妻が物音に驚いて駆けつける。俺が転倒しているんじゃないかと心配して。崩れそうなジェンガみたいな俺の存在がそういう「物音」を聞かせてしまうのである。

2019年2月14日 (木)

「願わくは」か?「願わくば」か?

文法的な話をさせていただくと、「願わく」は動詞「ねがう(願)」のク語法(活用語の語尾に「く」などがついて、名詞化される語法)で、これに助詞「は」が付いたものが「願わくは」である。もともとは漢文訓読から生まれた語法で、「願わくは、~せんことを」「願わくは~したいものである」といった形で使われた。そのため現代でも、文語調の文章で用いられることが多い。
 「願わくば」はその語源意識が失われて、助詞「は」を濁らせて使うようになった言い方なのである。
 古典の中でこの「願わくは」を使った用例として最も有名なものは、平安後期の歌人西行の歌集『山家集』(12C後)に載せられた以下の歌であろう。
 「ねがはくは花のしたにて春死なんそのきさらぎの望月の頃」
 

夢の中で

これは夢だな、と気づくことがあるように、「ああ、譫妄だ」と思いながら、病室の天井を這うニシキヘビを眺めていた。

2019年2月13日 (水)

試練を与えたのかなと思います?

https://news.nifty.com/article/domestic/society/12184-46036/

『直撃LIVE グッディ!』では池江璃花子が白血病と診断されたことを速報として流した
安藤優子キャスターは「神様がちょっと試練を与えたのかなと思います」と発言

所詮は他人事の気楽さで陳腐なレトリックを弄ぶ。

2019年2月12日 (火)

脱臼

不随の腕がその重さで肩の関節を脱臼させてしまうように俺の存在が夫婦の関係を脱臼させてしまうのではないかということが気がかりなのである。

2019年2月11日 (月)

自律神経が

バグっているらしく、涙も出ないのである。泣くことすらも禁止されたのか。

ソフトに死んでいる

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