コラム

2019年3月16日 (土)

コピー用紙を

コピー機にセットするのに、机の上でトントンと端を揃えることすら難儀で、動かぬ左手の代わりに口を使ったら、口の端を紙で切って血が出てしまった。

2019年3月 6日 (水)

身勝手

2018年1月に大雪が降ったとき、俺は入院中で、言語療法士の手引きにより、半地下の駐車場に出て、外を眺めた。妻と一緒に雪を観たいと思った。今日は見舞いに来ないのだろうか。
しかしそんな大雪の中、訪ねてくるのは難儀である。むしろ今日は来るなといってやるべきところだ。でも、俺は来てほしいと思った。自分のことしか考えられない身勝手な人間なのである。

2019年3月 5日 (火)

出口なし

左肩の痛みを入院中からずっと訴え続けているのだけど、医者は病気との相関関係を述べるのがせいぜいで、まったく1ミリも改善しない。寝返りを打つのも困難である。左肩をかばって右を下にすれば右腕が痺れてしまって何もできなくなってしまう。「出口なし」だ。
 

2019年3月 3日 (日)

会話

というものは単に用件の伝達ではない。もしそうであるなら口の利き方が問題にされることもないはずだ。しかし現実にそうなっていないのはなぜか。そこには否応なしに「用件」以上の情報が含まれるのである。そして劇はその「口の利き方」的なるものを描写するのである。その程度のことがわからぬのならきいたふうなことを言わぬことだ。

絶望の底

にいる気でいたが「底」は実はもっと深いところにあった。
単に半身が動かぬだけでなく、観る/聴く(それらに対する(少なくとも自分で定めた基準以上に)適切なリアクションも含めて)が難しくなってきている。ソシュールのいう「実体なき関係の世界」において、あらゆる「関係」が、いわば半透明化しているのである。
コタール症候群の例を引き合いに出すまでもなく、自分が「すでに死んでいる」と感じる所以である。すでに終わった人生で、生命の残像が燻っている。

2019年3月 2日 (土)

シグナリング理論

就職希望者にとって「自分が会社にとって役立つ人材である」ことを証明するのは大変難しいことです。一方で、学歴の有無を証明するのは比較的簡単にできます。よって、「私は学歴が高いので仕事もできる人間です」と主張することは、自分の能力を伝えるためのコストを大きく下げてくれます。
会社の採用担当者にとっても、学歴を確認することが「学歴が高い人はそれだけ能力が高い人であり、会社に取って役立つ可能性が高いだろう」という合理的な判断をする根拠になり、就職希望者の能力を理解するためにかかるコストを下げることができます。
このように、本質的な情報(能力の高さ)に関連するシグナル(学歴)を判断基準にすることで、情報収集コストを下げられることがシグナリングを活用する大きなメリットといえます。
ひらたくいえば「いい学校を出ていい会社へ」という昔ながらのあれだ。
そういう側面のあることを否定しないが、それ「だけ」のために大学に行くわけじゃない。そもそも大学って就職予備校ではないし。

DVDのリージョン問題で

しばし苦しめられていたのだけど、5kplayerをインストールし、使用することで解決した。

2019年3月 1日 (金)

重力に

身を任せて派手に転倒してみたい、という欲求がある。

2019年2月28日 (木)

もうこれ以上

あんまりみっともないことになる前に「終わり」になれと思ってしまう。

ある日また

何事もなかったかのように、ひょいとフツーに歩けるようになってるんじゃなかろうかっていう気がしてしまう。

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