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2025年11月18日 (火)

暴力装置

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9A%B4%E5%8A%9B%E8%A3%85%E7%BD%AE

「暴力装置」という言葉は、政治学や社会学において国家の物理的強制機能を指す用語[3][4][5][6][7][8]である。公権力が存在しない状態では、各個人や各集団が安全や秩序のためにある程度の暴力(武力、自衛力、治安維持能力)を保有して自力救済を行うことになるが、その結果として個人や集団間での見解や基準の相違、勢力争い、復讐などから様々な抗争が発生する。トマス・ホッブズはこれを「万人の万人に対する闘争」と呼び、社会契約論により王権を正当化した。公権力が個人や集団の武装を解除し、暴力(武力、自衛力、治安維持能力)を独占し一元管理する事によって、秩序が維持される。
他方で権力による暴力の独占は、非武装の個人や集団に対する決定的な支配構造ともなる。このためアナキズムは権力による支配を否定する。ジョン・ロックは人民の政府に対する抵抗権(革命権)を認め、アメリカ合衆国憲法では人民の武装権が記載された。
自由主義を重視する観点からは、公権力、特に暴力装置の使用は抑制的である必要があるとされる。社会学者のマックス・ヴェーバーは「暴力装置」を欠いた状態で、体制を継続的に維持することは不可能だとし、暴力的装置の独占的所有と行使は、近代国家の特質と定義した。近代国家では、物理的強制力の行使は政府にだけ認められ、他の制度や個人は国家が承認する限りにおいてのみその行使が認められるとした[9][2]。

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