動機の純粋性
5000人以上の兵士が「自発的」に自爆攻撃に出撃した動機は、何だったのだろうか。それを苦しげに説明する当時の上官は「崇高なる精神の発露」とか「厳格な精神作用」といった精神論を乱発し、取材班の「作戦が成功する見通しはあったのか」といった質問には答えない。ここでは何のために戦闘を行なうのかという目的合理性が欠如し、命を捧げて全体に奉仕するという動機の純粋性が自己目的化している。
このような美意識で命を犠牲にできるのは日本人の強みでもあり、弱みでもある。それは「できるかできないか一切考えない。ただやる。無我だ。真っ白だ。突撃だ」という「プロジェクトX」のスローガンにも象徴される、日本人の職業倫理のコアである。それは与えられた目的が正しい場合にはすばらしい力を発揮するが、全体戦略を考える指揮官がいないと、暴走を止めることができない。
目的より情緒を重視する「空気」は、現代の日本にも生きている。原発を稼働しないまま夏を迎えたら大停電のリスクがあることは明らかなのに、橋下市長は再稼働を求めるのは「守銭奴であって政治ではない」という。ここではエネルギー確保という目的よりも悪の象徴である原発と闘う「動機の純粋性」が重視され、他地域に電力の融通を求める本末転倒の要求が出される。『失敗の本質』は永遠に新しい。
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