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亜脱臼した肩の痛みは象徴的な一つの事例に過ぎない。それ「だけ」が目下の問題というわけでは全然ないのだ。全身が常に違和感の膜で覆われているようである。年末を迎え、この違和感が来年も続きますようにと願う。おかしいようだけれども、この違和感が解消されるのは「死」によってのみであろう。私にとって「生きる」とはつまり、そういうことになってしまったのだ。
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