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2020年9月 4日 (金)

 リスクを二元論で考えることのリスク

https://medium.com/uesaku-diary/%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%82%AF%E3%82%92%E4%BA%8C%E5%85%83%E8%AB%96%E3%81%A7%E8%80%83%E3%81%88%E3%82%8B%E4%BA%
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二元論で考える人は有り得ない絶対的安全(=ゼロリスク)を求めてしまうため、政府としてもそのような国民が多いと「こんなレベルの国民に判断に至るまでのプロセスを見せても無駄だ……無用な混乱を防ぐためにも結果(決定した基準値)だけ見せよう」となるわけです。これでは国民は余計に数値それ自体に躍らされることになり、悪循環が断ち切れません。
そもそも、基準値が絶対的なものではないということは、よく考えると普段の生活からも容易にわかることです。自動車の速度制限(制限速度以下なら必ず安全なわけでもない)もそうですし、日々の塩分の推奨摂取量(超えても必ず病気になるわけではない)もそうです。こういったリスクについては白黒はっきりした基準があるわけではなく、あくまでグラデーション的に、アナログにリスクが増減する中において社会的に妥当と考えられる基準値があるだけです。
残念ながら、少なくない大人の人たちは当時の放射能関係のリスクや基準値についてあまり良い判断ができなかったようです。しかし中高で習う理科に関する基礎的な知識があれば、放射能や放射線といった用語やベクレルやシーベルトといった単位について把握し、放射能関連の基礎を理解することはおそらく可能でした。仮にそれらの用語や単位をもともと知らなかったとしても、上記の理科の知識があればネットやニュース等の情報から正しく捉えることができたと考えられるからです。

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