移行制度
教養課程が新設された1949年、医学部を除く各学部は1年半が教養課程、残り2年半が専門課程とされていた。当時の入試方式は一部の学部学科を除き、文類、理類、水産類と分けられ、入学後に学部、学科を決める制度が採用された。では、当初の移行制度はどのようなものだったのか。当時の通則には、各学部への進学希望者が定員以上の場合、各学部で進学者を選抜すると定められていた。その方法も各学部で定められていた。なお、現行制度ではこの場合、全学教育科目で構成される移行点の上位者から振り分けられる。各学部への進学者選抜のため学部ごとに試験を行う場合もあった。しかし定員超過が少数な場合も多い。そこで学業成績が良くない学生などを集め、志望学部、学科変更を斡旋(あっせん)することもあったという。
https://www.hokudaishinbun.com/2020/02/26/3393/
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