世界における(への)存在の媒体
身体は「世界における(への)存在」(l'être au monde)の媒体である。身体をもつということは、生きるものにとって、一定の環境に加わり、若干の企投と一体となり、絶えずこれに自己を拘束するということである。『知覚の現象学』
— メルロ゠ポンティbot (@merleaupontybot) August 17, 2019
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