表現体系
私は今話しているのであるから、私の言語体系は私にとって様々な出来事の総和ではなく、表現意志全体のただ一つの道具なのである。そしてそれが私にとってまさにその様なものであるからこそ、私は他の色々な表現体系の中に入り込んでいくこともできるわけなのだ。『世界の散文』
— メルロ゠ポンティbot (@merleaupontybot) June 18, 2019
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