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2019年4月18日 (木)

関係性の演劇

http://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/00000317/p1

 

まず今までの演劇の系譜論から離れて現代演劇を捉え直すために「関係性の演劇」という概念を提唱したい。「静かな演劇」の流行とか、演劇におけるリアリズムの復権とかいろいろな形で語られており、しかもその評価が分かれているある種の演劇のカテゴリーをこの「関係性」という概念で括れるのではないかと思うからである。
関係性の演劇とは演劇作品のなかで、主に登場人物、あるいは登場する人物の集団の間の関係を提示することで、関係の総体としてのこの世界を描いていこうという演劇の手法である。ここで「関係性」あるいは「関係」という言葉が含有する思想的な背景に触れなければならない。関係という概念は現代思想の重要なターム、実体に対する対立概念である。近代の思想は主体や自意識といったものをある種の実体と考え、重きを置いた。これに対して構造主義や現象学といった現代思想の特色はものごとの関る関係に重点を置いて物事を考える。関係がすべてであり、他者との関係なくして孤立した実体などありえないという考え方である。この世の中のことはすべて、他のこととの関係において我々の前の立ち現れる。これが、関係性の演劇の認識論的前提である。

たとえばテレビドラマなんかでよくある上司に罵倒されるのを耐えるシーン、そうではなしに何気ない日常会話で深く傷つく(発話者にはそのつもりはなく)シーンを関係性の演劇は可能にしたのだ。「耐える」表現は大げさにぷるぷる震えて見せたりではなく、沈黙でただ受け流そうとするのみ、事情を知る「観客」は、その沈黙の向こうに流れる心情を読み取ることができる劇構造になっている。そこで語られる内容「物語」は、意図的に単純化され、ありきたりなものに設定されている。それを、「最後まで聴かなくても想像がつく」だとか、的外れも甚だしい。バカでも想像のつく「ベタ」を意図的に選択しているのだ。ここでは物語内容の観客への伝達が主眼ではないからだ。そんなことすらわかりらずに間」がどうの、テンポがどうの。リアリティがどうのと、きいたふうなことをいうからトンチンカンだというのである。耳を傾ける価値もない。すっこんでろって話だ。

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