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2019年3月 3日 (日)

丸山圭三郎『ソシュールを読む』

 
ソシュールはランガージュ、ラング、パロールを次のように定義している。〓ランガージュ・・・コトバ、人間特有のシンボル化能力(概念的思考を可能にし、予見と計画に基づいて現実を変化させる手段)。〓ラング・・・言語(国語体)、ランガージュが特定の社会の中で制度化した構造・社会制度(コード)。〓パロール・・・言葉、個人の発話行為(メッセージ)。人間は種に共通なゲシュタルトではなく、制度化されたラング(個別文化に共通なゲシュタルト)を通して現実を分節せざるを得ない。ランガージュという潜在能力が「普遍的なもの」だとすれば、ラングは「個別的なもの」なのだ。たとえば、人間はどの共同体でも家族を持ち(普遍的)、かつ家族制度の形態は文化によって異なっている(個別的)。前者がランガージュに、後者がラングに対応するのだ。また、ランガージュは潜在能力であり、ラングは顕在化した社会制度だが、ラングも顕在化したメッセージであるパロールに比べれば、潜在的コードだと言える。日本語を理解できるのも、日本語のコードが(暗号表のように)頭の中にあるからだ。これは生まれた時から身についた文法であり、無意識的「記号と規則の体系」なのである。
13 記号学の誕生 :言語学は記号学という学問に包摂され、〈一般記号学〉の一部門として〈言語記号学〉と呼ばれるが、一方、言語は記号学の原理的モデルであり、記号の本質は言語によってしか見出せない。記号学は言語学を通してしかなし得ないのだ。その意味では、(バルトが主張したように)記号学のほうが言語学の一部門とも言えるが、しかし、文化と言語に共通する〈恣意的価値〉としての記号性そのものは、言語学を超える原理論によって扱われねばならない。ソシュールはこの原理論を記号学と呼んでいる。それは言語を含めた一切の記号の科学、「自らの思考を表現する時に生み出される諸事象の研究」であり、すべての表意活動(身振り、歌、叫び、描画など)を対象とする。

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