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2019年2月

2019年2月20日 (水)

大手予備校の1年間にかかる費用比較

ポートフォリオ

紙ばさみ、書類入れのこと。転じて、個人や企業が所有する金融資産の組み合わせのことを指す。
本来の意味は財産目録、あるいは資産一覧。投資では全体のリスクを低減するために対象を分散する。この異なるリターンとリスクを持ついくつかの資産の組み合わせをポートフォリオと呼ぶ。機関投資家が運用する複数の株式あるいは債券を組み合わせたものや、個人が運用する場合の株式、債券、不動産、生命保険などを組み合わせたものなど、目的と資産に合わせた組成が可能。長期の運用では特に、適切に分散されたポートフォリオを構成することが重要となる。 保有資産の構成内容。ポートフォリオは分散投資を前提にしており、株式や債券、外貨建て金融商品など異なる投資対象の組み合わせによって、リスクの最小化とリターンの最大化の両立をめざす。ポートフォリオの決定には、さまざまな理論があり、これらポートフォリオ選択理論に基づいた資産配分比率の決定がなされる。

2019年2月19日 (火)

クローヌス

クローヌス(英:clonus)とは筋肉や腱を不意に伸張したときに生じる規則的かつ律動的に筋収縮を反復する運動、間代(かんたい)と訳す。中枢神経性障害においてしばしば併発する。クローヌスが見られる場合は、上位運動ニューロン障害(錐体路障害)があるとされる。
神経学的診断では膝蓋間代、足間代(足クローヌス)を検査することが多いが、特に足クローヌスは錐体路障害がある場合に観察しやすい。アキレス腱が縮んだ状態(足が足関節から下に垂れた状態)から急に足底を上に押し上げる(アキレス腱が伸びた状態にする)と、下腿三頭筋のクローヌスが起こって足部(足首から先の部分)が上がったり下がったりする運動を数回繰り返す。これはアキレス腱の深部腱反射が亢進していることと同じ意義があり、錐体路障害があることを示す。 上位ニューロンの障害(錐体路障害)で出現。筋を急激に伸長させると反射性収縮(深部腱反射)を起こすが、筋の伸張刺激を与え続けた時の反射性収縮が反復する(深部腱反射の亢進)がクローヌスである。

脳卒中片麻痺例にみられるボディイメージに関する質的研究

 

2019年2月18日 (月)

らしい

実にトンチンカンな論点で、所詮は他人事の善人ヅラ。共産党らしいといえば「らしい」。

赤門セミナー

〒374-0024 群馬県館林市本町3-1-7
(本町郵便局向かい 館林マンション2F)
アクセス
東武伊勢崎線 館林駅東口から徒歩7分

〒373-0853 群馬県太田市浜町28-16
アクセス
東武伊勢崎線 太田駅南口から徒歩15分
〒326-0822 栃木県足利市田中町907-1
アクセス
東武伊勢崎線 足利市駅南口から徒歩2分

書くということ

絶望をスルーしたり曲解したりするのでなしに、正面から受け止めた上で相対化するのである。「書く」とはそういうことだろう。

たくらだ猫の隣歩き

【意味】
愚かな猫が、隣近所を遊び回りながら鼠を捕まえるのに、自分の家の鼠はさっぱり捕らないということ。
よその家の事ばかりして自分の家の用をしないことのたとえ。
【類】
不精者の隣働き ぶしょうもののとなりばたらき

2019年2月17日 (日)

チューリップ『たったひとりのオーディエンス』

神代植物公園の桜

すでに終わった人生を

そうとは気づかずに生命の残像が生きている。

2019年2月15日 (金)

幻聴

というのではないのだろうが、妻が物音に驚いて駆けつける。俺が転倒しているんじゃないかと心配して。崩れそうなジェンガみたいな俺の存在がそういう「物音」を聞かせてしまうのである。

2019年2月14日 (木)

今週は

今日で仕事終了。週末には友人に焼き肉に連れてってもらう予定。また変更にならなければ。それはそれで楽しみだし、ありがたくもあるのだけど、妻と二人で行く機会を持ちたいのだ。我慢ばかりさせてしまっているし。

バウハウス『 She's In Parties』

REIMY 『青春のリグレット』

視野欠損

どちらの眼で見ても、視野の右あるいは左半分が見えない状態を「同名半盲」と呼んでいます。欠けている視野と反対側の脳の視覚をつかさどるところ(大脳皮質視覚野、視放線など)が、脳梗塞や脳出血などで障害されると、この症状が生じます。例えば、右後頭葉の視覚野に脳梗塞が起こると、左同名半盲が起こり、右眼も左眼も左側半分の視野が欠けます。
 同名半盲は、急性期の脳卒中患者の約2割に認められますが、発症後ある程度回復し、主な回復は最初の1か月間ぐらいに生じます。
 回復しないで視野欠損が残ると、日常生活に支障を生じます。そこで、欠けている視野を代償するように、うまく眼を動かして、見える側の視野の中に見たいものをもってくるようにリハビリテーションを行います。また、プリズム眼鏡を用いて、欠損していない側の視野を担当する網膜の部分に、欠損している視野の像を投影することによって見えるようにする方法もあります。
 最近は、視野の欠けている部分と健常な部分の境界の領域に、何度も視覚刺激を入れることによって、視野の拡大を促すリハビリテーションも、一部の医療機関で行われています。

「願わくは」か?「願わくば」か?

文法的な話をさせていただくと、「願わく」は動詞「ねがう(願)」のク語法(活用語の語尾に「く」などがついて、名詞化される語法)で、これに助詞「は」が付いたものが「願わくは」である。もともとは漢文訓読から生まれた語法で、「願わくは、~せんことを」「願わくは~したいものである」といった形で使われた。そのため現代でも、文語調の文章で用いられることが多い。
 「願わくば」はその語源意識が失われて、助詞「は」を濁らせて使うようになった言い方なのである。
 古典の中でこの「願わくは」を使った用例として最も有名なものは、平安後期の歌人西行の歌集『山家集』(12C後)に載せられた以下の歌であろう。
 「ねがはくは花のしたにて春死なんそのきさらぎの望月の頃」
 

夢の中で

これは夢だな、と気づくことがあるように、「ああ、譫妄だ」と思いながら、病室の天井を這うニシキヘビを眺めていた。

2019年2月13日 (水)

谷山浩子『ねこの森には帰れない』

すなわち


( 接続 )
① 言い換えれば。とりもなおさず。 「国会は二院、-衆議院と参議院より成る」 「子の喜びは、-親の喜びである」
② (多く「…ば」を受けて)そのときは。つまり。 「戦えば-勝つ」 「狂人の真似とて大路を走らば-狂人なり/徒然 85」

( 名 )
① そのとき。その途端。 「綱絶ゆる-に、八島の鼎の上にのけざまに落ち給へり/竹取」
② その頃。当時。 「爰には-より、御夜中暁の事も知らでやと歎き侍りしかど/落窪 3」

試練を与えたのかなと思います?

https://news.nifty.com/article/domestic/society/12184-46036/

『直撃LIVE グッディ!』では池江璃花子が白血病と診断されたことを速報として流した
安藤優子キャスターは「神様がちょっと試練を与えたのかなと思います」と発言

所詮は他人事の気楽さで陳腐なレトリックを弄ぶ。

ゼルダ『ミラージュラバー』

昨日は

電車で社労士事務所へ行ったのであるが、アパートの一室であり、雪面道路が、まさかの砂利道。車椅子では容易に進めない。しかしその程度の小さなクライシスは、むしろ妻とのいい思い出になった。

2019年2月12日 (火)

シェッタガーリア『あの日のサッカリン』

パスワードリムーバー

今日は早めに仕事を切り上げて

社労士事務所へ行くのである。

脱臼

不随の腕がその重さで肩の関節を脱臼させてしまうように俺の存在が夫婦の関係を脱臼させてしまうのではないかということが気がかりなのである。

2019年2月11日 (月)

谷山浩子きみが壊れた『』

自律神経が

バグっているらしく、涙も出ないのである。泣くことすらも禁止されたのか。

ソフトに死んでいる

もしも目が覚めて

あなたの顔もわからなくなっているくらいだったら、いっそ目覚めぬ方がいい。

2019年2月10日 (日)

かろうじて

「現在」にくっついていた「過去」の鱗が一枚また一枚剥がれ落ちる。

ニコチンは脳の栄養になる??

俗説に照らしてにわかには信じがたいのだけれど。

楢山節考

に出てくる姥捨て山が実在するならそこへ行きたい。これ以上身内に迷惑をかけたくない。

コーヒーの匂い

が、ナースステーションからしていたのを思い出す。飲みたくてしょうがなかったが、今は好きなだけ飲める。そう考えれば現状も比較的マシかと思える。

無能

を引き受けて生きねばならぬこのつらさよ。

降板

病前から担当していた仕事の降板を申し出た。
俺のミスによって損失が起こるのであるから。はじめは、ブランクがあるからうまく要領がつかめないでいるのだと思ったが、どうやらそんな簡単な話じゃないのだ。注意障害を気力ではカバーしきれない。そんな俺が「担当」することじたいが障害になっているのだ。雇い主側にしてみたら、しかしクビを言い渡すのは心苦しいだろう。だからこちらから申し出たのである。

どこぞの新聞がよくやるやつだね。

PCを交換

したら、ひな形として使いまわしてたファイルがなくなってしまった。移したつもりでいたのだが。

佐野元春『彼女はデリケート』

出発間際にベジタリアンの彼女は 東京に残した恋人の事を思う訳だ そう 空港ロビーのサンドウィッチスタンド でも彼女はデリケートな女だから コーヒーミルの湯気のせいで サンフランシスコに行くのをやめるかもしれないね

2019年2月 9日 (土)

脳卒中片麻痺者の肩関節亜脱臼に対する装具について

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jspo1985/7/4/7_4_341/_pdf/-char/ja

限界効用理論

夢を含めた睡眠中の脳の活動は、まだわからないことが多いのだと思います。同病の友人からは、「現実と区別のつかないリアル過ぎる夢を毎晩ずっと見ているから、眠った気がしない。24時間起きて活動しているみたいで、疲れが取れない」と聞きました。

眠った気がせず、毎朝、目覚めたときから疲労感があるのは私も同じです。この病気は、覚醒と睡眠のスイッチに異常が起こると医師から聞きましたが、ほかにもいろいろ理解できないことが起こります。

布団に入って、まだ起きているのに夢が始まることがあります。「眠っていないのに、なぜ夢が始まるんだ?!」と驚きました。周囲の音をすべて知覚しつつ夢を見ているのです。

また、レビー小体病の幻視(錯視)に、部屋が歪んで見えるというものがありますが、私は夢の中でそれを繰り返し見ました。

夢にストーリーはありません。私は部屋に寝ていたり、座っているのですが、部屋中がぐにゃぐにゃと歪み、大きく揺れています。泥酔したときの感じに少し似ていますが、もっと激しく世界が湾曲し、波打つので、どの方向が天井なのか、床なのか、よくわかりません。体も脳貧血を起こして倒れる寸前のようで、とても苦しく、気分が悪く、危機的な状態です。それでもなんとか立ち上がろうとするのですが倒れ、また這い上がろうとしては倒れるということを繰り返しています。

WMPのリストが消えた

上のリンク先のやり方で 俺の場合は解決できた。

寒いから

今日は寝たきりでいようかと思ったけど昼夜逆転しちゃうから起きた。布団の中で夢うつつのままひっそり息を引き取ったとしたら、それはそれでいい死に方だなと思う。

https://news.nifty.com/article/world/korea/12256-000018/

韓国の文喜相(ムン・ヒサン)国会議長が、日韓の従軍慰安婦問題について天皇の謝罪で解決するとの見解を示したと報じられている。
文議長はインタビューで「一言でいいのだ。日本を代表する首相かあるいは、私としては間もなく退位される天皇が望ましいと思う。その方は戦争犯罪の主犯の息子ではないか。そのような方が一度おばあさんの手を握り、本当に申し訳なかったと一言いえば、すっかり解消されるだろう」と語ったという。

「すっかり解消される」などということは決してない、う国であるということは韓国が自ら示してきたわけだしし、そもそもが朝日新聞の捏造記事に端を発した「問題」である。

障害受容

もう一つ思うことは、健常者であったときに、障害者と一度でも接したことのある人・・・関心を持ったことのある人は、障害を受け入れやすいのではないかとも感じる。 障害者を差別とまでいかなくても、自分とは無関係と思って暮らしてきた人は、自分が障害者となったことがかなり許せないだろうと思うのである。
確かにそういうことはあるだろうな。
東京での長期研修、一ヶ月の準備期間を乗り切り、8月にデイサービスはオープンした。 問い合わせの多くは、脳梗塞の片麻痺の方からだった。見学も相次いだのだが、皆さん片麻痺になられて日が浅いため、どの方も、障害の受容がなかなか困難なようで、「このデイサービスでリハビリしてがんばります」とおっしゃりながら、「こんな体になってしもうて、家族に迷惑をかけるし、もう死にたいですわ」などと、もらされる。 「私なんか、48年間、足を引きずって歩いてきたんですよ。何十年間も元気でいらしたのですから、ゆるしてくださいね」なんていっても、あまり効果はないのである。挙句のはてに、「柴田さん、こんな体になって生きていて、何の意味がありますか」と、いわれる。 「何言っているんですか、そんなことはありませんよ」と次々言葉が出てきてもよさそうなものなのに、情けないことに私は、「うーん」と答えに詰まってしまうのである。

2019年2月 8日 (金)

己の死体に

取り憑いてどうにかこうにか人生の残像を生きているみたいだ。脚を組むのも一苦労である。

執筆再開のための

物理的環境はほぼ整った。あとは、時間や心理的余裕を含めての体調といったソフト面の調整である。

獅子身中の虫

だって? 笑わせないでもらいたい。宿主に依存した無頼派気取り、ただの寄生虫じゃないか。

夢を見た。

トイレに入ったらただの四角い個室で便器がないのである。この話にべつだんオチはない。俺はただ呆然と立ち尽くしたのみである。

深夜作業

で集中力を絞り出すのがキツイのだ。以前だったら余裕でできた徹夜ももう体力的にできなくなった。

2019年2月 7日 (木)

神経障害性疼痛

昔買った

CDが見つからない。いったいどこへしまったのか。マニアックな作品でメジャー流通はしてないはずだから貴重品だ。どうしても今必要というわけではないのだけど、あるべきものがないというのは気持ち悪い。

「正常」な

歩行をマネしたところで動かぬ足は動かないのだ。むしろ足が地面に引っかかって転倒しそうになる。ならば俗にいう「ぶん回し」を自分なりに工夫して安定と速さを獲得した方がいい。

ゴミ出し

以前は完全に俺の仕事で、朝というか深夜のうちにマンションのゴミ集積所にささっと出していた。今はそんなこともできないのだ。途中で、野垂れ死にしているかもしれない。ゴミ回収車は俺を燃えるゴミとして持っていってはくれないだろう。厄介なことである。

去年の今日、

病院のベッドから24時間自由に自分の意思で出ていいことになったとのこと。それまでは、消灯時間を過ぎたら便所に行くにも、いちいちナースコールを鳴らさないといけない決まりだった。そんな病院の「制度」によって「回復」が遅れたようなとこあるんじゃないかな。あの頃よく「制度としての患者」なんていう言葉を思ったものだ。奇妙な監視態勢によって回復が妨げられていると感じていた。別の病院に入っていたら、もっとどうにかなっていたんじゃないかと今さら思ってしまう。

跛行

歩様に異常をきたしている状態をいう。負重するときに疼痛を示すもの(支柱跛行)、肢の挙楊時および前進時に疼痛を示すもの(懸垂跛行)、両方が混在する跛行(混合跛行)がある。跛行の原因には、骨、腱、関節、筋肉、神経等の異常が考えられる。一方、原因がはっきりしない場合、原因があると推測される部位により肩跛行、寛跛行(腰部に原因)と呼ばれることもある。
「正常」な歩行を模倣してバランスを崩すより、俗にいう「ぶん回し」の変奏でもって安定した移動を獲得するってことがしばしばあるんだ。

2019年2月 6日 (水)

後ろに書かれた「まっとうな政治」というのが、皮肉かギャグに見える。

不運

タイムセールの袋詰めみたいに、ありったけの不運を既に俺の中に押し込んだハズである。それでいい。あとはささやかな幸運を身内でシェアさせてくれ。

脳卒中のリハビリテーション まだ、リハビリがしたい!

ここで重要になってくるのは、残った脳の機能を100%活用するため、身体を動かすこと、実際に日常生活動作(食事をする、着替えをする、立ち上がる) を行なうことです。身体を動かすには、多くの筋肉を働かせる必要があります。その筋肉を働かせるには、脳からの命令が必要になります。脳細胞が働くことに より、それから出ている神経細胞に伝わって運動神経(身体を動かす神経)や感覚神経に情報を伝えていくことになり脳の活性化につながります。
それを手助けするのが、リハビリ専門のスタッフ(理学療法士・作業療法士・言語聴覚士)となります。その他患者さんに係わる医師、看護師、ソーシャル ワーカーを含めたスタッフが患者さんを中心として医療チームを作り、家族と共に患者さんを支えながら進めていきます。

麻痺側の足に

健側と同じように体重をかけたら、そんなの、ぶっ倒れるに決まってる。精神論でどうにかなる話じゃねえんだ。

こうして

文字を書くのも含めて、すべてを右手に頼らざるを得ないから、右腕が疲れてしょうがない。

遺品整理

もう長いこと使用してないピタパタのブログを削除した。心残りもないではないが、画像データなど、放置しておくのも気持ち悪いし、乗っ取り被害などのリスクもあるから。
ウェブサイトもアーカイブとしてきちんと整理したいが、なかなかたいへん。さながら遺品整理の様相。

10時起床

深夜作業で昨夜寝るのが遅かったから眠い。しかし入院中、毎朝六時にたたき起こされ寒さに震えたことを思えば遙かに快適である。少なくとも寒くはないし、自由である。
二度とあの生活には戻りたくない。
かように現状を比較的マシと感じられるように、あの半年間の入院があったのかも知れない。

応答なし

毎朝、エクセルの「応答なし」にイライラさせられる。

2019年2月 5日 (火)

区役所から

役人がやってきた。「調査」の中で身体の痛みについて訊かれたが、対処されるわけではない。バーナード・ショーは「我々の人類に対する最大の罪は、彼らを憎むことではなく、無関心であることだ」といったが、「関心」を寄せたというアリバイづくりのつもりだろうか。そんなことのために他人の時間を徒に消費しないでもらいたい。

Marinatensi

2019年2月 4日 (月)

少しも

何の役にも立たぬ我が身の存在を持て余してしまう。

愚痴を

こぼしたくもなるが自重せねば、それがまた妻を苦しめてしまうから。

曜日

の感覚が、入院中はなかった。一日のスケジュールはすべて受け身で過ぎていったから。自衛官が海上生活で曜日感覚を失うという話があるがそれと同じことだ。病室のカレンダーを観るようになったのは、退院の日を意識し始めてからだった。その日を指折り数えていたから。今は仕事とゴミの日で曜日が戻ってきた。

今日もまた

せいぜい部屋から部屋へ壁伝いに移動するだけの一日。
ただ生存するためだけに人生の残像を生きねばならぬのである。

2019年2月 3日 (日)

影山ヒロノブ 物語

2019年2月 2日 (土)

2月2日(土)

新年会のハズであったが参加者の変更に伴い、時間と場所が変更になり、俺が参加を辞退した。遅い時間に遠方まで出向くのは体力的にも精神的に不安があるので。俺の存在が障害となって、集団のいろんな選択肢を狭めてしまう。心苦しいことである。

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