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2018年12月 3日 (月)

本編+αがあるわけだ。大衆演劇なんかじゃ昔からあたりまえにあることである。新劇/小劇場系でも、ポストパフォーマンストークは今や珍しくはないし、らうちゃんほど知名度のある出演者が物販の売り子をやれば、販売物の売上に少なからぬ影響があるだろう。 そういう制作的な目論見は当然あっていい。べつに客は参加を強制されるわけじゃないのだ。本編の余韻を味わいたいという者は、さっさとそこから立ち去ればいいだけの話である。そのための時間的「余白」はあるわけで、つまり選択肢は提示されてあるわけだ。それを選び取る程度の主体性すらない阿呆(クレーマー)が、独善的お客様根性で、己の好みをあたかも普遍的な価値観のごとくいいつのり、それに全体が従うべきと「べき論」をぶちたがる。とてもじゃないがつき合いきれぬし、つき合う必要はない。 こういうのに限ってさして売上げには貢献しない(下手すりゃタダ券で潜り込んでいたりもする)。いらぬ肉体的精神的コストを主催者側が負担することになる。相手にするだけムダである。

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