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2018年10月27日 (土)

「意味」と沈黙

1.「意味」と沈黙
創造性としての「意味」
メルロ・ポンティはしばしば「黙した」という形容詞を使う
また、創造性は既存のコードを逃れる「意味」のうちで表現される。
『シーニュ』での「沈黙した」という形容詞は、このような明示されない行間の「意味」を示す用語
「メルロ=ポンティは「作動的で潜在的な意味」「側面的意味」「はすかいの意味」といった用語を使うが、本書では単にかっこをつけた「意味」という表記をあてることにする。メルロ=ポンティ自身が絵画作品を分析しているとおり、この行間の意味は言語の行間だけに生じるものではない。絵画の色も音楽の音色も「意味」を生み出すための「記号」である限りで、同じ機能を持つ。「意味」とは創造性の指標」p57
「意味」の手前の沈黙
・創造的な「意味」生成は、沈黙を出発点とする
・沈黙とは、あらゆる言語的意味と行間の「意味」双方が一時停止した状態、来るべき「意味」の可能性全体の準備のこと
・「意味」は予測不能
例:マチスの描き始める手前にある一瞬の沈黙、立ち止り
→沈黙は、必ずしも宗教的瞑想のような大げさなものではない。あらゆる創造的活動に先立つ自発的現象
「沈黙は来るべき「意味」の可能性を開く。言語にしろ絵画制作にしろ子どもの遊びにしろ、あらゆる創造的な「意味」生成はこのような沈黙・停止から出発する。来るべき「意味」は沈黙のなかに胎生する。この仕組みそのものは普遍的であり、この部分については芸術・哲学、治癒的な言説のあいだに本質上の差異はない」p60
2.行為の型
型と色気
・「意味」はやみくもに生まれるのではなく、型・様式styleにのって生成する
・行為の型は「意味」生成のプラットフォームである。どんな芸術家も何らかの文体や型に則って「意味」を生み出し、それが作品として定着するが、しかし彼らは型を自覚的に使用しているわけではない
例)歌舞伎役者が型を身に付けたうえでの色気 p62
→第1章の「イルマの注射の夢」の「笑い」と同じ
→型のなかで生まれる余剰において「意味」が生成する
→逸脱というそれ自体は表象しえない現象のなかに創造性が現出する
メルロ=ポンティ
「必要なのは、その型が、一人の画家としての画家の知覚のくぼみに立ち現れるのを見て取ることだ。つまり、それは知覚から発する或る要請なのである。マルローは、その最も優れた文章では、このことを語っている。つまり、知覚がすでに型を生む」
病と回復の再定義:
「知覚が型をもつということは、認識とは異なる力が知覚に加わっているということであり、この力は私たちが背負っている現実による触発の重さに由来する。(芸術的なものにしろ、社会的なものにしろ)行為の型は、現実に応答した「意味」生成を可能にする能力であり、人間が現実を受容するために不可欠の装置である。このように考えたときに、病とは型の生成に失敗であり、回復とは型の作り直しであると定義できる」p63
「意味」の源泉としての現実
・沈黙とは、この現実に対して間接的にそして受容的に直面する方法
・現実触発を受容・消化する手段として、「意味」生成を導くために型が要請される。現実そのものを変化させられないにしても、新たな型を生み出すことで困難な現実を受容できるようになる可能性はある。
3.「意味」を生成する空想身体
空想身体と行間の「意味」
・創造を支える行為の型は、生身の生きる身体Leibというよりは空想身体phantasieleibに属するというのが次の重要なメルロ=ポンティの発見
・「意味」の生成は、意志による「選択の結果」ではなく、「彼自身の肉体より柔軟な」空想身体の作動による。目には見えない空想身体は、無際限の柔軟さを持ち、新たな形の生成の可能性そのものなのである、そして空想身体が色づけした風景、その省略や歪みにおいて、まさに行間の「意味」が浮かび上がるのである。芸術作品の世界の生成とは、空想身体の作動と組織化に他ならないp67
行為の型は空想身体に埋め込まれる
・空想身体の組織化の可視的な痕跡が作品である。空想身体の外延が生身の身体
・(芸術作品だけではない)誰かと出会った瞬間に様々な印象を受けるのは、細かく観察して知覚し尽くしたからではない。知覚に埋め込まれた空想において、現実が空想身体を触発し「意味」が生成するからである。知覚の行間を埋め込まれた空想において、現実が空想身体を触発し「意味」が生成するからである。知覚の行間を埋め印象や情動を形成する働きとしての空想身体は、作品生成において歪みを作る働きと同じものである。空想身体を触発することで知覚を色付けし、ゆがませる。現実触発の受容体はいずれも空想身体である。
現実と空想身体
・人は知覚を「記号」として使いながら「意味」を作る。すなわち知覚の欠損を空想で埋めて「錯覚」しながら生活する
・不安を惹起するタイプの現実触発とは、現実のなかに秩序化不可能な矛盾や葛藤をはらむがゆえに空想身体の組織化を遮断するような触発である
・心理臨床における沈黙は、空想身体を回復するために、外傷的現実による触発への生身の身体の巻き込みから距離を作ることであると定義し直すことができる
・夢を可能にする眠りとは、空想身体の初期状態の開示であり、そこから出発してのみ「意味」の生成は可能になる
4.睡眠と夢
睡眠と夢における空想身体
・私たちは眠ろうと思って眠るのではなく眠くなるから眠る。睡眠は自我の意志によってもたらされるのではなく、眠りにつく空想身体自体の自発性によって開かれる運動である。現象学から見たときに睡眠とは能動的意識ではなく非人称的な空想身体の休息
・現実触発からの距離の創設と空想身体の弛緩を出発点としない限り、回復(世界に対する構えの変容)は構造的に不可能
夢のなかの覚醒、空想のなかの眠り
・創造の器官としての空想身体
・夢を見ることができないとは、そして創造的に思考することができないとは空想の水準で現実を消化することができないということを意味する
5.空想身体の外延としての「意味」のスクリーン
「意味」生成の地平
・「意味」生成にはもう1つ不可欠の要素がある。それは「意味」がイメージとなって定着する場。
・「意味」とは空想身体の見えない組織化であり、これが(絵のキャンパスや夢の空間などの)「意味」のスクリーンに残した痕跡がイメージ
・創造性の出発点にはこの空想身体の場となる「意味」のスクリーンを開くことにかかっている[略](それは:追記)本質的に対人関係における空想の作動を前提
6.空想身体の土台――反復され内面化された基礎的視線触発
子どもを抱っこするウィニコット
「子どもはウィニコットの膝の上で、ウィニコットに噛みついても壊れないことを確かめたあとに、遊ぶことがでいるようになり、同時に自分の体を発見する。このあと、引きつけと泣き叫び、不安は家庭でもまったく消え去り、健康な子どもとして育っていった、という事例である。
この事例で直接観察できるのは、遊び(スタイルを持った空想身体による「意味」生成)の原創設とそれに伴う自己身体の発見である。無秩序で攻撃的な衝動性に行動面でも情動面でも支配されていた子どもが、行為を制御し、遊びを創り出しながら楽しめるようになる。と同時に自分の身体と世界の分離・分節も発見する。行為の型を作ることで創造性が生まれてくる。別の場所でウィニコットが「形のない状態formlessness」からの創造と呼んだ、創造性の誕生が裸の形で観察できる」80
・空想と知覚が分化するとは、同時に知覚と空想が連動する仕組みを作り出すこと
・破綻においては、身体はまとまりを失い、落下の感覚を持ち続け、心が体に住めなくなる
・発達心理学が依存や愛着として議論したのがこの空想身体を支える視線触発である。言い換えると、空想身体の土台は反復され内面化された基礎的な視線触発によって作られると言える
空想身体を支える土台
・統合失調症における思考のまとまりの解体は、単なる文法上の統御の解体ではなく背後にこの空想身体の土台の不在あるいは歪みを抱えているというのがウィニコットやパンコウの理解
・潜在的におそらく以前から機能していた視線触発が気づかれて顕在化するのにともない、視線触発は空想身体の土台となり創造性が作動し始めるのである。空想身体を視線触発が支えることが創造性の条件
・不安の出発点を私たちは社会的な疎外に置いたが、その背後にはこの空想身体の土台の喪失あるいは不安定さという現象が隠れているように思える。社会的疎外は、最終的には実際の対人関係の支えの喪失であり、つまりこれが空想身体の土台となるからである。それゆえ社会的な不安でも、それは常に空想身体の解体として身体に現出する。
・このことは統合失調症の人たちの持つコミュニケーションの困難と妄想的他者について何かを教えてくれるかもしれない。(器質的な問題も含む)何らかの理由で、対人関係の枠組みが壊れているせい、すなわち空想身体の土台がゆがんでいるあるいは壊れているせいで、思考にまとまりを与えることが困難になる、あるいは他人の人の空想(思考)と接続することが難しくなる。土台を欠いた空想身体のゼロ度は、恐ろしい解体になるであろう。
・統合失調症が器質的な素因をもつ疾患であったとしても、体験としてこの土台の喪失を経験する可能性が問題となる
●本章では創造性の器官となる空想身体のありよう、治癒の出発点となる空想身体の弛緩状態、さらに空想身体の外延(「意味」のスクリーン)と土台(基礎的な視線触発)を発見した。
・心理臨床における沈黙は、空想身体を回復するために、外傷的現実による触発への生身の身体の巻き込みから距離を作ることであると定義し直すことができる

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