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2018年10月28日 (日)

鬼に食われた男の話

アニルアナンサスワーミー『私はすでに死んでいる』プロローグより

Watasihasudenisindeiru

鬼に食われた男の話は、紀元一五〇~一五年に成立したとされるインド人乗仏教中観派の 『中論』に出てくる。身の毛のよだつ語だが、仏教哲学における自己の本質を説いている。
長旅をしている男が、空き家に泊まることにした。真夜中、一匹の鬼が現われ、運んできた死体 を男の横に置いた。それを追いかけるように別の鬼もやってくる。どちらの鬼も、死体を持ってき たのは自分だと主張して譲らない。らちがあかないので、鬼たちは一部始終を見ていた男に答えろ と詰めよった。死体を運んできたのはどっちだ?
嘘をついてもしかたがない。どう答えても、どちらかの鬼に殺されるだろう。観念した男は、死 体を持ってきたのは最初の鬼だとほんとうのことを言った。一番の鬼は激昂して、男の腕を引き ちぎった。そこから陰惨な場面が展開する。最初の鬼はすかさず死体の腕をはずして、男にくっつ けた。以下同様で、二番目の鬼が男の身体の一部をちぎるたびに、最初の鬼が死体から同じ部分を 取って男に戻したのである。両腕、両脚、胴体、ついには頭まで―とうとう男と死体はすっかり
入れかわってしまった。二の鬼は死体に食らいつき、食事を終えると口をぬぐってよっていった。
あとに残った男は途方に暮れた。いったい何が起きたのか。生まれたときに与えられた身体はぬ たちにみんな食べられてしまい、いまの自分は赤の他人の身体で構成されている。自分には身体が あるのか、ないのか。あるのだとしたら、これは白分の身体なのか、それとも他人の身体なのか。 身体がないのなら、いまここにある身体は何なのか。
翌朝、男は混乱したまま旅を続けた。仏僧の一団と出会ったので、くすぶっていた疑問をぶつけ る。私は存在しているのでしょうか? すると仏僧たちは刀に問いかえした「おまえは何者か? 男はどう答えてよいかわからず、鬼に身体を交換された話をした。 「私は誰なんでしょう? 現代の神経科学者ならば、この問いにどう答えるだろう。身体を丸ごと 取りかえるなんて生物学的にありえないと指摘しつつも、「私」に光を当てる興味ぶかい答えが 返ってくるにちがいない。

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