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2018年10月 4日 (木)

「諦めたらおしまい」

などと所詮は他人事の気楽さで通俗的な価値観を口にしたがる者があるが、それが少年ジャンプ的にアプリオリな正義だと思っているのだろう。だが一方で「諦めが肝腎」てことがあるだろう。
言葉遊びをしてるんじゃない。それなくして「障害受容」なんてありえないと思うからだ。
たとえば「自立歩行」にこだわって車椅子を退けていたら、実生活での己の行動範囲を狭めてしまう。リハビリそれ自体が目的になって、本末転倒だ。要するに限りある人生のリソースをどう配分するかって話なんだ。その前提として受け入れがたい現実を受け入れる必要がある。

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