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2018年8月 7日 (火)

脳卒中は6か月経過するともうなおらないと聞きましたが本当ですか?

 これについては、「集団」としてみた多くの研究から、ほぼ6か月までで回復が終了する、ということが「常識」とされ、医療制度上も、6か月以降は維持期とされています。保険「医療」を行う中では、一定の原則が必要ですから、多くの医者がこの基準通りに紋切り型に説明することが少なくないのだと思います。(栗本慎一郎さんは御著書の中でこのような態度を批判されておりました。)また、数年にも渡って、麻痺した手の回復を願う気持ちはよくわかりますが、残った機能を向上させる(例えば利き手交換など)ことに全く目を向けず、そのうち仕事も退職して、病院を転々とすることは、患者さんのためにもならない、と医者が考えるのは悪意があってのことではないと思います。右片麻痺になった書道家が、右手の回復をある時期にあきらめ、左手でもう一度書道をめざし、再度の個展を開いた、という新聞記事が昔ありました。失った機能にこだわることは、人間ですから当然ですし、大切なことではありますが、こだわりつつも残存機能も強化していく方法の方が、患者さん自身にとってメリットも大きく、デメリットを防ぐことにもなると思います。半年のリハビリで、片手動作を習得し、1年後に職場復帰した人と、医学的にはほとんど絶望的な手の回復を願って、2年も病院を転々とした人と、発症後2年の時点での様子を比較すれば、一目瞭然だと思います。「障害の受容」という言葉は、やや安易に聞こえますが、要するに障害をもった状態で最大限前向きに考える「価値の転換」が重要だということです。(もちろん、そんなに簡単なことではありませんし、ある日突然そうなるものではないことは、多くの脳卒中の方のリハビリ経過をみた経験からよくわかっております。)
 ここで一つお断りしておかなければならないことは、医学的にみた回復が一定の限界がある中でもさまざまであるということ、さらに、同じ回復の患者さんでも、その希望や期待が千差万別であるということです。ですから、お一人お一人の回復が本当にいつまでなのか、そして、その患者さんの期待していることがどこまでなのかをリハビリ医は見極め、適切な説明をすべきだと思います。たとえば、発症後6か月であっても、もう少し肘が曲がるようになれば買い物などでも助かるのに、と言われる患者さんに対しては、1~2ヶ月の作業療法をやってみましょうか、と言える場合もありますが、ピアノが弾けるようになりたい、と言われた場合には、それは全く無理でしょう、と言わざるを得ないと思います。医学的にはわずかな回復が、患者さんにとってはとても役に立つこともありますし、逆に、医者がすごくよくなったでしょう、と言っても、患者さんにとって、全く無意味であることもあるわけです。
 ただし、だからといって研究を怠っているわけではありません。全く腕に動きがない場合は別ですが、ある程度動かせるが「うまく」動かせない程度の方に対して、「残存機能」は麻痺していない方(反対側)の腕、だけではなく、麻痺した腕の中(本当は脳の中)にもあると考えていますです。また、脳は学習する回路ですから、障害があるなりの腕の動かし方を脳が学習する能力があるのではないか、と考えています。個人的には、あまりにも早期にあきらめることには反対です。特に、肩から手先まである程度動かせるけれども、筋緊張が高まったり、動作がぎこちない患者さんの場合、いろいろな課題をこなすことによって、手を使いやすくなるのではないか、と考えています。確かに、反対の健常な手でやった方が、早く解決する場合もあるかもしれませんが、それは問題の本質を取り違えている議論だと思います。
 以上、上肢を中心に述べてきましたが、下肢についてもほぼ同様です。ただし、急性期の病院で、十分なリハビリを受けてない場合、廃用症候群(使わなかったことによる筋力低下とか拘縮(関節の固まり)など)を起こしていますので、逆にその時点ではじめてリハビリを受けるのであれば、回復の「余地」がある、ということになります。また、ある程度、歩けるようになった方の場合、慢性期であっても、筋力や体力の面で向上しますので、リハビリの意味はあると思います。

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