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2018年5月23日 (水)

最後の花火に今年もなったな

「今年も最後の花火になったな」とした方が日本語の収まりとしてはいいだろうし、仮にそうしても語られている事実関係は一緒である。譜割を買えなくとも歌えなくはないむしろ歌いやすいかも知れない。けれども、主人公(視点人物)の身に起こったことを時系列で整理すればまず、最後の花火が上がったのである。それを目にした体験が、「(去年もそうであったように)今年も」という思いを召喚するのだ。そのようにしてゆるやかな因果関係を示しつつ、またた、あえて言葉をきしませることで、そのノイズが、物語の表層的なプロットに回収されることなく、主人公の心理描写にもなっている。単に事実関係を伝達すればいいってもんじゃないのである。新聞記事じゃあるまいし。ここいらのことは川端『雪国』の「そこは」問題にも通底する。それが文芸ってもんである。

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