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2017年5月24日 (水)

青木新門『納棺夫日記』

2008年の夏、私は義母の葬儀で札幌に行った。
享年77。晩年は常に死の予感と共にあった義母であるが、にもかかわらず、やはり死は唐突に訪れる。苦しまずに逝ったというのが不幸中の幸いであった。
 
葬儀は札幌にある妻の実家近くの斎場で行われた。葬儀屋の担当者がいい人でよかった。むろん「仕事」だから、きっちりお金は取っていくのだけど、こうした儀式は素人にはわからないことが多く心細いから、頼りになってありがたい。
祭壇には、故人が生前受賞した勲七等宝冠賞の賞状が飾られた。棺を斎場に運ぶ前、妻の実家で、納棺師の仕事をはじめて見た。
 
以前、私は祖父二人と祖母一人の葬儀に出ているが、私が到着したときには、皆すでに棺に収まっていた。いや、母方の祖父は違ったかも知れない。子供の私は、叔父たちが隣室で納棺する気配を襖を隔てて感じていたような気もする。しかし、なにしろ小学校3年のときの記憶だから、曖昧で自信がない。

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