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2017年5月24日 (水)

ミシェル・フーコー『言葉と物』

ともかく、ひとつのことがたしかなのである。それは、人間が人間の知に提起されたもっとも古い問題でも、もっとも恒常的な問題でもないということだ。(略)もしもこうした配置が、あらわれた以上消えつつあるものだとすれば、われわれがせめてその可能性くらいは予感できるにしても、さしあたってなおその形態も約束も認識していない何らかの出来事によって、それが十八世紀の曲がり角で古典主義的思考の地盤がそうなったようにくつがえされるとすれば――そのときこそ賭けてもいい、人間は波打ちぎわの砂の表情のように消滅するであろうと。

フーコー『言葉と物』の結び。 観念的なアングラ演劇の台詞みたいで何を言ってるのかよくわかりませんけれども、わからないなりに曲解しますと、人間のアリンコ化あるいはイワシ化つまり「個」の喪失ってことなんじゃないか。それが「人間の終焉」ってやつではないか。 私の死もあなたの死も区別がない世界。ないでしょ、アリンコやイワシには。

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