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2017年5月26日 (金)

パターン

「おまえは橋の下で拾った子だ」というよくある親の悪い冗談に、茫漠とした不安と寂しさを覚えたものだ。「血縁」などという概念すら持たぬのに、なぜそんな気持ちになったのか?  
児童劇の現場で、それがなんとなくわかったような気がした。
たとえばオオカミが「悪」のアイコンであることを、劇中でさしたる説明がなくとも、幼児は即座に察知する。それは子供の「純粋さ」だとか「感性」なんて話じゃない。そんなのは大人が子供に対して抱く類型的なイメージにすぎない。
そうではなくて、オオカミ=悪のコードを幼児はすでに持っているのだ。キャラクターの造形が劇中で意味するところをあらかじめ熟知している。
なぜか?
彼らは日頃、絵本やゲームや観劇などを通じて、我々大人より遥かに多くの子供向けの物語に慣れ親しんでいるのだから。つまりその手のパターンをよく心得ている。
「橋の下で拾った子」もそうではないか。どこかで仕入れた「悲劇」のパターンだったのだ。

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