ト書き
戯曲にト書きってありますね。
その役割は一般に〈〔指定の言葉が「…ト両人歩み寄り…」などと「ト」ではじまる,歌舞伎脚本から起こった語〕 脚本で,せりふの間に,俳優の動き・出入り,照明・音楽・効果などの演出を説明したり指定したりした文章。 (大辞林 第三版)〉といわれますが、実はそれだけじゃないんですよ。
たとえばこういうこと。
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最愛「これでお別れなのね?」
一隆「ああ」
一隆、口に煙草をくわえ、ポケットからおもむろにマッチを取り出す。
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普通はこんなもんですね。
べつにそれでいいわけですけど、もし、一隆が煙草を口にくわえたりポケットからマッチを取り出したりする様を細密描写したらどうなるか。
私、描写がヘタなんでやって見せませんけども、「おもむろに」と書かなくても、そうなるんですよ。時間が遅延するんです。
読者の体感時間として「おもむろに」という記述は実は一瞬で処理され、「おもむろに」じゃないんです。エコノミーな記号=「説明」にすぎないんですよ。
戯曲というのはもちろん文学です。工場の製造命令書じゃないんで、叙述の方法がテクストにある効果をもたらすんです。
演出家の最初の仕事は、それを読み取ってやること。
翻っていえば、そういう読みの技術がない人間は、そもそも演出家とは呼べないんですよ。
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