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2015年2月12日 (木)

幽霊

http://www.sankei.com/affairs/news/150211/afr1502110026-n1.html

この報道に対して、さっそく「いや、〈事実〉と違う」と、その場にいた者の「目撃談」が出てきてる。
で、私がいつも思うのは、こういうこと。
つまり、「目撃=体験」というものは、その主体にとってはものすごく大きなもので、それこそが「真実」であるわけだけれど、その信念にも、水を差してみなさいよ、と。
しばしば自然科学的な発想で、「事実」はひとつと言われ、誰もがそう思い込みがちだけれども、そんなことはないわけ。「目撃談」なんてものは、そこで起こった〈事象の解釈=物語〉に過ぎないんだ。これはべつにニヒリズムでいうんじゃないんだよ。とくに当事者であればなおさら、「目撃」という行為じたいに、政治的なバイアスがかかっている。そういうもん。
それが証拠に、政治的属性を同じくする者同士で、「目撃談」が割れるでしょう? それは必ずしも、どちらかが嘘をついてるってわけじゃないんだよ。
幽霊を見た者は、たしかに幽霊を見ているの。

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