聖子派/明菜派
浅田の示す80年代の見取り図は、とくに私ら世代(なんとなく『構造と力』くらい読んでおかなきゃいけないんじゃないかという抑圧を感じた)には馴染み深いもんがあって、私も概ね同意できるのだけど、たとえば「クラスは聖子派/明菜派に二分されていた」的な誇張が含まれてることも知っている。
むろんそれは便宜的な「時代」のカリカチュアに過ぎず、実際のとこ、そんな図式に綺麗に収まるはずもないとわかってはいるのだが、繰り返しそうした「物語」を耳にし口にするうちに、あたかも「聖子派/明菜派」が事実であったかのように、自分でも「自分の過去」を錯覚してしまう。
というより、むしろ同世代人が積極的に細部を忘却し、戯画化された「青春」の証言者になろうとしているかのように見え、私は「そんなのウソだ!」と言いたくなるのだった。
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