期待の地平
『挑発としての文学史』(岩波現代文庫)の中で、著者のH・R・ヤウスは「期待の地平」ということを言った。これは〈テクストに対して読者があらかじめ抱く予測〉というような意味のことだ。
文学作品は、新刊であっても、情報の真空の中に絶対的に新しいものとして現れるのではなく、あらかじめその公衆を、広告や、公然非公然の信号や、なじみの指標、あるいは暗黙の指示によって、きわめて確定した受容をする用意をさせている。その作品は、すでに読んだものの記憶を呼びさまし、読者に一定の情緒を起こさせ、すでにその始まりから「中間と終わり」への期待を作り出している。
劇作家としても演出家としても、「期待の地平」を見定める目は常に持っていたい。そのためにも、イデオロギッシュなバイアスを排除した、いわばフツーの人でありたいと思う。
だが、その一方で、安易な「期待」に寄り添って、それでよしともしたくない。通俗的な思考パターンを“民主主義”的に正当化したくはない。
コメント