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2014年8月26日 (火)

呪い

原発の是非と被災地の放射能リスクの問題はまったく別の話だ。
ドグマチックな左巻きどもはともかく、なぜ一般の人までが、いつまでも両者を混同したがるのか。
ということをつぶやいたら、ある生物学系の学者から「WBCなんかしてるからだ」という旨のツッコミが入ったのだった。

確かに素人目にも、さして意味があるとは思えない。
けれども私は思った。人は理屈だけでそう簡単に割り切れるもんじゃない。WBCの検査によって、「万が一」の不安が被災者から払拭されるのであれば、それはそれでいいではないか。〈雨乞い〉の儀式を科学的に無意味だといってみたところで、それこそ無意味だろう。あとは費用の問題だ。そう結論づけられると思っていた。
だが、これがそんな単純な話ではないというのだ。

甲状腺がんが放射線由来のものであるか否かを科学的に確定するには、当然、対照群が要る。そのため、ほんらい無用な検査を他県の子供にまで強いる結果となる。
〈雨乞い〉と異なり、WBCはなまじ「科学」の顔をしてるので、「そらみたことか」と、またぞろ左巻きの偽善者どもがこれを曲解し、イデオロギー闘争に利用することだろう。
子供のためなどと言いながら、子供に「呪い」をかけるというわけだ。

なるほど言われてみれば確かにそうだ。スジの通らぬその場しのぎの対応は禍根を残す。
あの連中は
決して学ばない。そのことをこの三年で私は学んだ。幸か不幸か演劇界の片隅にいると、そのサンプルには事欠かないのだ。

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