真実
昔私が勤めていた会社の本社ビルで、何年か前、リストラに悩む社員が飛び降り自殺した。
飛び降りた当人と面識はない。だが建物の〈つくり〉は今でも思い出せる。私がいた頃の同僚たちの顔も。
もともと社員が自殺に追い込まれるような〈社風〉なのだと、まことしやかにいう者もある。だが、〈社風〉がどうだか、これは主観の領域の話で、一概に言えない。 蓋然性が高いというなら、対照群と比較した統計的な数字が要る。
かつて社員であった私がその立場で思うところを述べるのはもちろん自由だろう。個人的には「思い出」をさっ引いても、べつにおかしな会社だとは思わない。だがそれだけだ。私の語りうることはごく限られている。たった数年勤めただけのヒラ社員が、社内事情の詳細に通じているわけもない。
***
「集団的自衛権」にかんし、何やら元自衛官の肩書きで、妄想に彩られた怪文書の類いを流布する者がある。
鵜呑みにする方もどうかと思う。なんと盲目的な「権威」主義だろう。情報に対するリテラシーのなさ、学習能力の低さには呆れるばかりだ。
組織の一員であったという「事実」は、その事実以上に、「推測」の言葉に特別な付加価値を与えやしない。“冷めた”事象の積み重ねによってしか「真実」というものには近づけない。帰納的かつ演繹的な丁寧なアプローチの先にようやく、それはぼんやり輪郭を現すのみだ。
私はいま、うんざりするほど当たり前の話をした。
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