放射能パニックからの生還=ある主婦の体験から — 自らの差別意識に気づいたことが覚醒の契機に
http://www.gepr.org/ja/contents/20120507-03/gepr.pdf
私は44歳です。数年前から幾つかの大きな壁に直面して、困惑していました。まず自分の年齢により、容姿とスタイルが明らかに劣化しています。「おばさん」として社会から扱われ、自分もそう見ている。この現実が受け入れられませんでした。
そして仕事の問題がありました。大きなことをして世間をアッと言わせたい。長年そんな願望がありました。けれども、何もできていません。他にも子育てや人間関係など悩みは一杯ありましたが、どれも解決の見通しは立っていませんでした。自信を喪失していました。「心に大きな穴」というか、絶望めいたものがあったのです。
そんなときに、放射能問題によって、すべてがリセットされて、一から人生をやり直すことができるのではないかという思いが起こったのです。破壊の中に救いを求める気持ちです。私が震災情報に夢中になったのは、それが刺激的で、これまでの人生の悩みを忘れる事ができるほどのものであったためです。
私は役割を得たとも思いました。思うような人生を歩むことができない事を、社会のシステムの責任にしていました。「原発」問題は社会に反撃を行うチャンス。原発というこれほど分かりやすい「悪」はありません。「反原発」を唱えることで、特別な使命を持った選民意識を持てましたし、自己愛が満たされました。自分のパニックの背景に、「自尊心の維持」があったと、今になって思います。
こんな風に自己批評の働く人はまだマシで、こじらせて、すっかりカルトめいてしまった者もある。
非常に現代的な問題なので、社会派の劇作家が芝居の題材にしたらいいと思うのだが、実際に彼らのしていることは、少なくとも私の知る限り、むしろこうした「悲劇」を助長することばかりだ。
やれ福島の状況はチェルノブイリよりヒドイだの、それが報道されないのはなんとかムラの力だのという妄想を垂れ流し、誰かをスケープゴートにすることで己の正義を強調する。この三年間、何ら学ぶこともなく、いまだ積極的に「差別」に荷担しながら善人ヅラしてるのだから恐れ入る。
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