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2014年2月18日 (火)

稽古場問題

小劇場の人間なら誰でも稽古場の問題に頭を痛める。
創立何十年の新劇系劇団と異なり、首都圏にあまたある小劇場系劇団やユニットは、経済的理由から自前の稽古場を持たない(持てない)。今は、廃校利用などの実例もあり、昔に比べりゃ事態は改善されたかに見えるが、調べてみりゃ使用できる団体が限られていたり、とてもじゃないが「手が出せない」料金設定になっていたりする。(いったいどんな予算を想定してるんだか、私にはさっぱりわからない。)
 
かように切実な「稽古場問題」は、しかしたいてい居酒屋で、被害者意識に基づいた愚痴として表出し、最後はいつも「芸術への理解が足りない!」的な、ある種の選民意識に昇華され、雲散霧消してしまう。
なぜか? 
どうして議論が積み上がっていかないのか?
理由の第一に、演劇人の多くが、就職や結婚を機にカタギへと転身し、「問題」が過去の“楽しい苦労話”になってしまうからだ。
第二に、そもそもクダまく者たちの多くが本気でなんとかしたいとは思っていない。理想的な稽古場は、金さえ払えば得られないわけじゃないので、制作の責任を負う立場にない者には、“自分の問題”じゃないのである。原価意識を持ち得ないので、環境改善のインセンティブも働かない。平たくいえば、実のところ、他人事なのだ。

そうして歴史は繰り返す。堂々巡り。
堂々巡りを断ち切る、などと勇ましいことは言わないが、この悪循環からスピンアウトする方策は講じていかなきゃならないな、と思う。そろそろ、そういう時期なのだろうと思っている。

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