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2012年5月

2012年5月26日 (土)

振り向くな!

後で何が何やら、わけがわからなくなるので、領収書は溜めずにその日のうちに会計ソフトに入力するよう心がけてはいるのだが、これがなかなか面倒で、結局、わけがわからなくなっている。

小屋入りまであと2週間ちょっと。
「ジョマク」にかんして今後発生するであろう経費の総額も見えてきて、今公演の総支出額が具体的に固まりつつある。売上には上限があるから、粗利もだいたい見えてきた。
早くも反省会モード突入。
こういうことにならないよう、細心の注意を払ってきたつもりなのだが…。

そんな中、来月頭にはもう、次の公演に向けて稽古場を押さえはじめなければならない。
くよくよしてもしょうがない。
 
寺山修司はこういった。
振り向くな、振り向くな、後ろには夢がない。

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2012年5月23日 (水)

フツー

私の芝居はフツーの人に観ていただきたい。
だけど、フツーであることが絶対の美徳であるとか、素朴さが無知の免罪符になるなどとは、私は毛ほども思っていない。

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2012年5月22日 (火)

類型化

「類型化することなんか無意味なんだよ!」
そう主張する人物はたいてい、いかにもそんな幼稚なことを言いそうな類型に、見事にはまってしまっている。

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2012年5月18日 (金)

『TVピープル』村上春樹

「ノルウェイの森」世代なもんで、村上春樹の初期の作品は、大学時代にほとんど読んでいる。
で、まんまとハマり、しかし卒業と同時に疎遠となり、最近じゃあ、あの独特の文体や比喩の使い方が鼻について、むしろ嫌悪感を抱いてたのだが、本棚にあった短編集「TVピープル」を十数年ぶりに読み返してみたら、まあ、なんつう巧さだよ!

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2012年5月17日 (木)

ザツ

天ぷらを上手に揚げるコツは、衣を混ぜすぎないことだという。
おいしくなーれ、おいしくなーれと、愛情込めてかき混ぜすぎると、衣が粘り、からっと揚がらない。料理のできばえは、注ぎ込んだ愛情に比例しない。

演技も一緒だ。

ほんとうに丁寧な仕事をするためには、あえて方法的に“ザツ”であることが必要なのだ。

豊田徹也『アンダーカレント』

終盤付近まで、とてもいい感じ。
このまま明快な「謎解き」はされない種類の作品…と思い込んで読み進めたら、予想は外れた。ああ、そっちの「物語」にいっちゃうのね。
べつに私の予想なんぞ外れても構わないのだけれど、それならそれで情報の出し方ってものがあるだろう、と思うのだ。理に落ちてがっくり。

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2012年5月16日 (水)

『pink』岡崎京子

冒頭、主要な登場人物たちが出揃うあたりまではすごく面白い。けれど、そっから物語が動き出すと、がくっとテンションが下がってしまう。細部はいろいろ面白いんだが。
これ、「物語」にする必要、あったのかなあ?
「事件」はワニの喪失一点、なんていうのでも、いいようも思うんだが…。

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2012年5月14日 (月)

『ススムちゃん大ショック』永井豪

ある日突然、大人が子供を殺しはじめる。
理由はわからない。
ススムちゃんの友人により、仮説が語られる。
いわく、「糸が切れた」のだ。
「糸」とは人間の持つ「本能」である。
ススムちゃんは、この「現実」を受け入れられない。自分のママ「だけ」は違うと家に帰るが…。

悲惨な結末。いわゆるトラウマ漫画。
けれど、大人になってから読んだ私には、寓意が勝ちすぎと感じられ、ススムちゃんほどショックを受けず。407926_163795447066367_100003077389

2012年5月 9日 (水)

『きょうのできごと』柴崎友香

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もうちょっと「毒」が欲しいとも思うけど、ヘンに露悪的なものより、この清々しさは遙かにいいし、人物造形や会話はとても巧い。
けど、それだけの理由で、この“何も起こらない”物語を、私は最後まで退屈せずに読み通せてしまったのだろうか?
巻末の、保坂和志の「解説」で合点がいった。

ワンセンテンスごとに見たり感じたりする対象が変わり、自分の気持ちもそれにつられて変わっていく―という、このとても機敏な動きの連続は、一見日常そのままのようでいて、本当のところ現実の心や近くの動きよりはるかに活発に構成されている。

これは芝居づくりにも大いに参考になる。とくに私のような作風の会話劇の作り手にとっては。

2012年5月 8日 (火)

夢を見た⑩

妻の着ているブラウスが黒い甲虫のガラで、それが胸の辺りでガサガサ動き回っている。イヤだな、と思って見ていると、妻が食べていた果物を差し出した。
「何だ、これは!?」と私が言った。強烈に虫の臭いがする。
「マンゴーだ」と妻が答えた。
私はマンゴーを食ったことがないから、そういうものなのか、と納得した。

2012年5月 7日 (月)

夢を見た⑨

この数日、代役で芝居の稽古に参加していたからなのか、ゆうべは妙な夢を見た。
夢の中で、私は役者をやっていて、遅れて稽古場に現れたのが、大嫌いな演出家で、「うゎ! こいつが演出かよ、だったら出演するんじゃなかった」などと後悔している。

落とし穴

GW中、ピタパタは連日稽古であった。
そして(完全にホンを放してではないものの)何度か通し稽古もした。
正直、驚異的なスピードだ。
私自身、ここまでの早さは初体験だし、俳優陣も、おそらくみんなそう感じているのではないか。

私たちは、たとえば「広場」の前に立っている。
広場には、いくつかの落とし穴が埋まっている。
「さあ、どうぞ。“自由”にここを通って、向こうへ渡ってください」
演出家がそういえば、俳優ならば、まず、歩を進めるのを躊躇する。
「自由」という名の拷問だ。

だから私は、想定しうる落とし穴の場所を、あらかじめ俳優に耳打ちしてしまう。
その情報を元に、俳優は独自の迂回ルートを探る。
そこに俳優の「個性」というものが出るのだし、そもそも「自由」というのは、そういう限定的な条件の下にしかありえないのだ。

むろん、落ちて穴の深さを知り、痛みを感じるというやり方も、学校教育的には、あるだろう。
這い上がる「達成感」を得るためには、むしろ穴に落ちておかなきゃならない。痛みは、“青春”めいた味付けをする恰好のスパイスとなる。

しかし今、私たちは、「教育」をしているわけではないのだ。

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2012年5月 6日 (日)

『櫻の園』吉田秋生

431059_166433290135916_1000030773_2  もう文句のつけようがないのだが、あえて瑕をいうとしたら、あまりに巧すぎること。そこが鼻につく人が、あるいはいるかも知れない。
どのキャラクターもとても魅力的に描かれているのだけど、私がとくに感情移入したのは、志水さん。
“ませている”という遠い過去に言われた何気ない一言に、いまだ罪悪感を拭えぬ彼女が“救われたい”と願って、(おそらく)初恋の相手に、そう言ったことをおぼえているか、と迫るシーン。相手は、もちろんそんなこと、覚えていないのだ!

2012年5月 4日 (金)

It's a Fine Day

かつてクリネックスのCMに使用され、奇妙な都市伝説を生んだ、らしい…。
私の手元にあるのはトイズファクトリーレコード発売の国内盤CD。
不思議な寂寥感に満ちたアルバムで、聴くたびになんだか鳥肌が立つ。
で、ライナーノートを読んでも、アーティストの素性がよくわからないのだ…。

2012年5月 1日 (火)

新妻

電車のつり革につかまったとき、腕時計が手首にないことに気がついた。
家に置き忘れてきたのだろう、とそのときは思ったのだが、帰宅後、どこを探しても、ない。
たいして高価な時計ではなかったけれど、三度もベルト交換をし、なんだかんだと10年以上使ってきたので愛着がある。文字どおり、ともに時間を刻んできた感じ。それが一瞬で離ればなれに。
長年連れ添った妻に、突然出て行かれたような気分だ。
仕方なく時計屋で、前妻とそっくりの新妻を買い求めた。

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